旅人の和歌帳 1


 見ゆる月接吻交わす冬の夜旅立つ男暫しの別れ
 東京駅に向かう途中の、東武東上線内での一首。
 今日は、初めての夜行列車での旅だから、何もかも特別に見える。車窓から見える月に接吻を交わして、川越に暫くの別れを告げている余裕を見せている。

 参考文章 初めての伊勢志摩旅行は夜行列車で
 スキー場へ向かう若人雑談を交わし今宵の寒さ紛らす
 新宿停車時のでの一首。
 時期柄、夜行列車でスキー場へ向かう若者が多くいた。列車到着までまだあるが、中で温まることはせず、ホームで雑談を交わして、今宵の寒さを紛らわしている。

 参考文章 初めての伊勢志摩旅行は夜行列車で
 粛々と暗中走るながら号寒風背きて街道走る
 様々な一時過ごす夜行かな如月寒けど寒さ忘れる
 ムーンライトながら乗車時での二首。
 上は、夜中に寒風を切って静かに走るながら号を読んだ。
 下は、車内は様々な過ごし方があり、2月の夜の寒さを暫し忘れているようである。

 参考文章 ムーンライトながら
 盃を交わす友達此処に無し窓に映りし我と交わせし
 ムーンライトながら乗車時での一首。
 夜行列車に一人で乗車していると、一般的な夜の過ごし方をせず、自分一人取り残された気持ちが強くなり、どうしても、寂しさが付き纏ってしまう。ただ、夜景を見ながら果実酒を啜るだけでは、寂しさが紛れない。仕方がないので、車窓に映った自分と酌を交わすしかないのだ……。

 参考文章 ムーンライトながら
 夜汽車から外を眺めて何想ふ甘き恋路と我の行く末
 東京(みやこ)から離るる夜汽車闇の中離るる勿れ男女の心
 ムーンライトながら乗車時での二首。
 何もすることなく、夜景を眺めた。特に変わった所はなく、自然にこれからの人生はどうなるのかと、遠いことを思い巡らせてしまう。これからの人生を「甘き恋路」と「我の行く末」で表現した。
 下の短歌は、夜行列車が様々な人との出逢いがある東京から離れるのだが、責めて出逢った男女の気持ちが離れてはいけない。

 参考文章 ムーンライトながら
 浅き夢覚めし外は浜松の朝風代わりの貨物列車
 浜松駅での一首。
 慣れない夜行列車で殆ど寝ていなかったので、眠気覚ましにホームを降りたら、貨物列車通過のアナウンスが入った。直後、颯爽と貨物列車が通過した。その時の風が(「旅路の差し入れ」と称し)朝風代わりの風として私に差し出した。

 参考文章 微睡みの浜松駅と夜明けの豊橋
 雨予報晴れ間嬉しき伊勢鉄道バレンタインの淡い差し入れ
 河原田駅通過時での一首。
 週間予報でも、この日は天気が芳しくなく、頻りに晴れ間を望んでいたが、その願いが旅路で通じたのか、チラチラと晴れ間が見えてきた。この日はバレンタイン。ちょっとした差し入れみたいだ。

 参考文章 一路、鳥羽へ……
 此の晴れ間長く続けとおてんとに何度も拝む些やかな夢
 快速「みえ」乗車中での一首。
 天気が思わしくなく、何とか晴れてくれと願を掛けたら、その願が通じたのか、徐々に晴れ間が見えてきた。何とも嬉しいことではないか……。この晴れ間が何としてでも、長く続いて欲しいとおてんとに何度も拝む光景である。

 参考文章 一路、鳥羽へ……
 雨は嘘雲一杯の晴れなれど見ゆる景色色彩々
 快速「みえ」乗車中で、JR参宮線に入った時の一首。
 雨の予報と出ていたが、現に雨は降る気配が無く、雲がやや多い晴れだった。それでも、初めて訪れる伊勢志摩の景色は何とも美しく見える事だ。

 参考文章 一路、鳥羽へ……
 静寂な室内展示夢殿は真珠の輝き尚静寂に
 ミキモト真珠島での一首。
 真珠博物館に、法隆寺の夢殿を象った『夢殿』が展示されている。そして、その中には大きな真珠が安置されていて、その輝きが静かな博物館を、一層静かにさせる神秘さを秘めている。

 参考文章 ミキモト真珠島(後)


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