旅人の和歌帳 1


 人工の真珠生まれし珠五粒幸吉の涙成功の色
 ミキモト真珠島での一首。
 何度も失敗し、何度も周りから非難されても、御木本幸吉氏は決して真珠を作る事を諦めなかった。赤潮で英虞湾(あごわん)のアコヤ貝が全滅し、残った相島(おじま 今のミキモト真珠島)のアコヤ貝を調べていた所、半円真珠5個が出てきた。自然の偶然でしか作られなかったとされていた真珠が、人の手で作れるようになったのだ。そう確信し、流した涙は、当に成功一色だった。

 参考文章 ミキモト真珠島(後)
 冬の鳥凍えを恐れる真珠かな
 浜風に細身を揺らす冬の松
 ミキモト真珠島での二句。
 上の句は、冬でも真珠養殖の「避寒」という仕事がある。文字通り、寒さから逃れる為に、温かい場所に移すのだが、冬の鳥が飛び交うのを見て、養殖している真珠には、凍えを恐れているように見える。
 下の句は、東京から南に位置する鳥羽でも、北風は吹く。それが松の枝を揺らす程の強さ。春はまだ後だ。

 参考文章 ミキモト真珠島(後)
 内宮を詣りし後に一休み赤福の旨さ門前の活気
 伊勢神宮内宮(おかげ通り)での一首。
 内宮を参詣した後の一休みに、旨い赤福を堪能しながら、門前の活気に目を奪われる旅人を詠んだ。

 参考文章 憧れの伊勢神宮へ参詣
 親切と褒めし我に運転手挨拶交わし外宮に去り行く
 伊勢市駅へバスで戻ろうとした時、バスの運転手が殊の外親切だった。その事に感動した私は、降りる時に感謝を伝えた。すると運転手もそれに応えてくれた。そのバスはまた外宮に向かった。

 参考文章 伊勢市駅までの小話
 京町の夜の賑わい立ち篭める焼肉の煙と娯しき語らい
 松阪は松阪牛の街として、日本中に知られているが、殊に、松阪駅近くに位置する京町一区には、ホルモン焼肉屋が点在していて、夕方になると、あちこちから焼肉を焼く煙が漂い始める。同時に、娯しそうな話し声が漏れている。

 参考文章 松阪での夕餉
 アナウンスの声だけホームに響けども聴く者何処夜の亀山
 亀山駅での一首。
 夜の8時になると、亀山駅は物凄く寂れる。その時のアナウンスの声だけがホームに響いているが、聞いている客は(私以外)何処にいるのだろうか?

 参考文章 夜の亀山駅
 一両目広き車両に蛍光灯乗客僅かに我一人
 関西本線で名古屋に向かっていた時の一首。
 蛍光灯が煌々と照らされている広い車両に乗客は私一人。自然に寂しさが漂う。

 参考文章 夜の関西本線(亀山〜名古屋)
 前方の青いシグナル闇に点き北風寒し寂しき駅舎
 夜の関西本線での一首。
 或る駅に停車し、前方の信号が青に点った。出発進行の合図だ。そして、列車が発つと、この駅には駅舎の電灯がポツッと点っているだけの寂しい駅になる。吹く北風もより寒く感じる。

 参考文章 夜の関西本線(亀山〜名古屋)
 手を擦り温みて待つ身の夜汽車かな
 名古屋駅で、東京行きの「ムーンライトながら」を待っていた時の一句。
 コートを纏っていても、なお寒い。両手を擦って、少しでも暖まろうとしている。

 参考文章 夜の名古屋駅


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