旅人の和歌帳 1


 空港は出会いと別れの鉢合わせデッキの落書き出会いと別れ
 異国へと旅立つ男の再会に女が残した誓いの落書き
 成田空港での二首。
 デッキに書かれた落書きを見て、それを基にして作った。その落書きは個性的で、別れを惜しむ言葉や再会を誓う文章で一杯だった。
 上の短歌は、この空港の何処かで必ず出会いがあったり、別れがあったりする。そのこともあって、デッキでの落書きは出会い(の嬉しさ)と別れ(の悲しみ)が詰まっている。
 下の短歌は、異国へと旅立つ男の再会を誓って、女がデッキに落書きをした。至って単純だが、そこには離れ離れにされた男と女の哀しみが秘められている。

 参考文章 エアポートエレジー(成田空港)
 今日は高校生の最後の日飛び立つ飛行機還らぬあの日
 成田空港のデッキに隣接している、食堂で一服していた時の一首。今日で最後の高校生活。修学旅行の時、お世話になった飛行機が飛び立つ姿を見ても、娯しかったあの日は還らない。そんな昔を懐かしんでいるのである。

 参考文章 エアポートエレジー(成田空港)
 一人旅隠し切れない寂しさを晴らしてくれた一杯のお茶
 千葉に向かっている総武本線での一首。
 偶々相席になったお婆さん達の団体と話している内に、すっかり親しくなってしまった。その印にお茶を御馳走された。一人旅で話すら出来難い状態を、お婆さん達の暖かさが籠もっているお茶が、(一時でも)晴らしてくれた嬉しさを謳った。

 参考文章 青堀までの小話
 金届けお礼にくれた110円買いし紅茶の温きに綻ぶ
 内房線君津駅での一首。
 青堀に向かう列車を待っているがてら、ホームをブラブラしていると、自動販売機で飲み物を買おうとしていたお婆さんが、小銭を落としてしまった姿を見掛け、咄嗟に拾って、お婆さんに手渡した。そのお礼にと、落とした小銭の中から110円を私に手渡し、ホットのレモンティーを買った。その暖かさが身に沁みる。

 参考文章 青堀までの小話
 富津岬展望台から見渡せば久里浜からの春の潮騒
 海見れば幸せ判る今日は水漬く屍の昔を想う
 富津岬での二首。
 上の短歌は、展望台から東京湾(浦賀水道)を望めば、向こう側に位置する久里浜からの春の潮騒が聞こえてきそうな雰囲気を詠んだ。
 下の短歌は、海で遊んでいる家族連れを見ると、今日が如何に平和だという事がよく判る。かつて大伴家持(おおとものやかもち)が「海ゆかば 水漬く屍……」と戦争が頻繁に起こっていた時代を読んだ時期を、ふと思い込んでしまいそうだ。

 参考文章 目指すは、富津岬
 川越の思ひ出懐かし我一人家族に内緒で思ひ出訪ねる
 川越に向かう西武新宿線内での一首。
 或る事情があって、川越から引っ越したが、川越時代の思ひ出が懐かしくて、家族に内緒で一人で訪ねる。

 参考文章 故郷川越から観光都市川越へ……
 静かなる思ひ出の街城下町漫ろ歩きを押す北風
 川越城本丸御殿に向かう途中のでの一首。
 色々な思ひ出が詰まっている川越は、由緒正しき城下町で、至る所に名残があり、心身安らぐスポットが詰まっている。そのスポットを訪ねて回っている両脚を、北風が押しているようだ。

 参考文章 川越城本丸御殿
 赤電話触りし子供のぎこちなさ置きし受話器の間違え可愛や
 菓子屋横丁での一首。
 立ち寄った店に昔懐かしい赤電話があり、赤電話を使った事が無さそうな子供が、ぎこちなく受話器を取ったり、ダイヤルを回したりと遊んでいた。そして、間違って受話器を置いた所も、何処か可愛らしさがある。

 参考文章 菓子屋横丁(中)
 一皿の団子と緑茶で一休み小江戸川越鐘が鳴るなり
 連馨寺での一首。
 故郷川越を観光都市として見直し、漫ろ歩きをしている内に連馨寺に着いた。寺の鐘が鳴ると、小腹が空いてきたのを憶え、行き付けだった茶店に立ち寄り、緑茶を啜りながら、焼き団子を頬張った。東京から近いのに、闇雲に現代に迎合しない小江戸川越の一服だ。
 本来は「鐘が鳴り俄に憶えた空腹を癒す緑茶と一皿の団子」だったが、時代に流されない小江戸川越を旅していることを強調する為、変更した。

 参考文章 連馨寺と焼き団子
 買わずともふと立ち止まる有馬記念
 クレアモールでの一句。
 街頭にテレビが置かれ、競馬中継を流していた。普通の競馬中継ならともかく、この日は日本競馬の年の瀬のレース有馬記念だった。有馬記念を知らない人達、馬券を買わなかった人達も立ち止まって、レースを見守っている。
 余談だが、このレースが終わると、いよいよ年の瀬が近付いたと実感できるのだ。

 参考文章 クレアモール


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