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紀伊長島での一首。
漁港がある紀伊長島。昼下がりになると、競りが終わり静かな漁港の町になる。競りに漏れた魚を求めてか、漁港の周囲に鴎が飛んでいた。
参考文章 紀伊長島の浜風 |
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四つ半の沼津の傍のラーメン屋出でし客の胸元締める
酔ひ回り頬杖の先のラーメン屋湯気温かし秋の真夜中 |
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東海道本線沼津駅停車時の二首。
沼津駅の脇にラーメン屋があるので書いた。
上の短歌は3月で、此処から出てくる客が外の寒さに思わず、胸元を締めてしまう。「四つ半」とは夜11時のこと。
下の短歌は11月に再乗車した時、静かにビールを傾けて、微酔い(ほろよい)気分で頬杖を突いていた時、沼津駅の脇のラーメン屋が目に入った。これから寒くなる時期、ラーメン屋に籠もっていた温かい湯気が、何とも言えない秋の真夜中だ。
参考文章 闇を疾走するサンライズエクスプレス |
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山陽本線走行中の一首。
寝台特急で夜を明かし、早朝の山陽を走っている。山陽は晴れているが、向こう側の山陰はどのような天気なのか。出来れば、晴れを望みたい。そう拝む。
参考文章 粉雪と伯備線 |
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伯備線走行中の一首。
伯備線を走っていると、徐々に雲行きが怪しくなり、遠くに見える山にも雪が積もっている。3月というのに、まだ冬が残っているのだなぁ。そんな余所者の溜息を詠んだ。
参考文章 粉雪と伯備線 |
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出雲大社での一句。
拝殿には出雲大社への供物の穀物や清酒が安置されているが、神の供物とは知らず、雀が米俵から零れた米粒を啄んでいる。
参考文章 出雲大社 |
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出雲大社神楽殿での一句。
出雲大社神楽殿には大きな注連縄(しめなわ)があって、その隙間や切れ目に小銭を投げて填める風習がある。参詣者は小銭を投げるのだが、なかなか挟まらず、チャリンチャリンと小銭が落ちる音が響いている。その時降っていた霰(あられ)とを掛け合わせ、春薄き出雲を表している。
参考文章 出雲大社 |
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黄昏れて紅葉彩り舞ふ風船
黄昏に響く子供の喜々の声約束交わす帰路の訪れ |
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島根ワイナリーでの一句と一首。
3月に訪れたのだが、11月にももう一度訪れた。出雲大社に参詣し、日御碕に向かった後に立ち寄ったので、もう黄昏が近い頃である。
その黄昏の光景に、後ろに聳えている山が紅葉し、子供が飛ばしたのだろう、風船が舞っていた。子供達の明るい声が飛び交っている中で、今日の宿泊場所に向かうのである。
元は「紅葉山風船浮かぶ黄昏前」だったが、「紅葉山(もみじやま)」が北海道夕張市紅葉山と混同してしまう恐れや、「風船浮かぶ」は何処か凡庸な印象が拭えなかったことや、「黄昏前」も雰囲気としては弱そうに感じたので、元の句を余り毀さないように修正した。
参考文章 島根ワイナリー |
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紅と白塩見の土塀の梅の花不昧の城に雪は降りける
雪降りし塩見縄手の梅の花知らば伝えよ桜の咲く頃 |
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松江城での二首。
3月上旬でも、松江にはまだ冬の色が濃く、時折雪が降っていた。
上の歌は、初めて訪れる松江の冬の景観を、塩見縄手(しおみなわて)で咲いていた紅と白の梅と、不昧公の城下町(「不昧(ふまい)」は松江藩主松平治郷のこと。善政を布いた他、茶道や和歌にも通じていた風雅人)を掛けて作った一首。
下の歌は、桜咲く春本番を待ち焦がれる旅人の思いを、塩見縄手の梅に託した一首。
参考文章 旅先での松江城 |
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津和野での一句。
暦は3月になっているのに、まだ風は冷たく、景色も冬の装いだ。まだ津和野は冬の直中なのだ。
参考文章 アクアライナー |
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