旅人の和歌帳 3


 改札を受けずに通る蜻蛉の気儘な旅よ時を気にせず
 中部天竜駅での一首。
 特急列車を待っていると、どこからともなく、蜻蛉が飛んできて、改札を受けずに、ホームの方に飛び去った。列車の時間やホテルの到着時刻を気にしないで、気儘な旅を続けているように見えるが、迎える自らの「死」までも、気にしないでいるように見える。

 参考文章 山間の中部天竜から中京の大都会名古屋へ
 迫り来る台風の猛威目前の晴れ間に娯しむ鈍行の旅
 名古屋駅での一首。
 台風襲来が目前に迫っているにも拘わらず、いい天気だ。台風が来る前にこの天気を愛でながら、鈍行の旅を娯しもうではないか……。

 参考文章 再び、美濃赤坂へ……
 蝉時雨木許に転がる亡骸の短き栄えを哀れむ赤坂
 赤坂宿での一首。
 蝉時雨の中の赤坂宿。木許には短き人生を遂げた蝉の亡骸が転がっていた。それを哀れむかのように、ゆっくりと赤坂宿の時が流れている。

 参考文章 赤坂宿と西濃鉄道
 台風に気持ちあらば好天に明日の天気を大須の大吉
 大須観音での一首。
 お神籖を引いたら、「大吉」が出た。いい気分になったが、大吉と出た以上、台風に気持ちがあるならば、少しの間海上に留まって、明日の天気も晴天にさせて欲しいな……。

 参考文章 大須観音・門前商店街
 一人旅大須の門前珈琲と独り身の苦さ誰に語らん
 夏の日に飲みし珈琲この苦さ苦さ変わらぬ私の人生
 大須観音の門前商店街の一角にあるカフェでの二首。
 珈琲と独り身の苦さを、誰に語ればいいのか……。そんな一人旅。
 又、この珈琲の苦さも、私の人生に似ている気がする。

 参考文章 大須のカフェ
 墓参り見付けし紅梅頬染める赴く熱海は梅花繚乱
 多磨霊園での一首
 墓参りの帰りに紅梅が咲いているのを見付けた。待ち焦がれていた春が目の前にあったので、思わず立ち止まってしまった。これから向かう熱海は、東京よりも早く春が来るので、梅花が咲き乱れていることだろう。

 参考文章 多磨霊園に春の訪れ
 カルガモや間近の春を愛でながらお濠を泳ぐ姿も温し
 お茶の水近辺での一首。
 中央本線のお茶の水近辺は、江戸城の濠があった場所。その濠にカルガモが泳いでいる姿を見付けた。立春を迎えたこの時、その姿は春の訪れを表しているかのようだ。

 参考文章 春一番が誘う出湯の梅園
 踊り子号函は行楽の賑やかさ鈍行グリーン車負けじと賑わう
 東海道本線大船駅停車時での一首。
 大船駅で、特急「踊り子」号との待ち合わせをし、その特急が停まった。中は私が乗っているグリーン車と同じ様な行楽の賑やかさ。特急列車と言うこともあって、何処か豪華に見える。こちらは鈍行だが、グリーン車に乗っているので、乗れた嬉しさと相俟って、負けじと賑わっている。

 参考文章 熱海に向かう旅の勝負師
 西湘に東京には無き梅が咲き東京の住人愛でし羨む
 此処には掲載されていないが、東海道本線早川駅停車時の一首。
 (早川近辺の)西湘の庭先には、東京では咲いていない梅が咲いている。東京から来た旅人は、東京より早く来た春を、愛でながら羨むのだ。
 来宮に春一番が吹き付けば新幹線の騒音娯し
 来宮神社での一首。
 来宮神社で参詣している最中、春一番が吹いてきた。一服している最中もその風の音が気になっていたが、振り向いてみると、新幹線が通過する轟音だった。ただ喧しいだけの轟音が、何故か娯しく聞こえる。

 参考文章 来宮神社(後)


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