旅人の和歌帳 7


  巣立つ雛与瀬の空行く蜻蛉かな
 蜻蛉や相模湖の湖風涼み舞ふ
  相模湖での二句。
 上の句は駅から相模湖に向かう途中、今年巣立った燕が飛んでいる空に、蜻蛉が飛んでいた。夏から秋へ変わる季節の移ろいを詠んだ。
  下の句はその蜻蛉が相模湖の周りを一杯飛んでいた。まるで、相模湖からの涼風を受けて舞っているかの如く。

 参考文章 相模湖で1年振りの再会
 釣り糸や湖風に戦ぐ蝉時雨
  相模湖の遊覧船での一句。
 蝉時雨の中、相模湖の涼風を受けながら、ノンビリと釣り糸を垂らしている。

 参考文章 相模湖の遊覧船で一服
  高見する高速の渋滞昼餉かな熱さ厭わぬグラタンの湯気
  相模湖駅近くのレストランでの一首。
 此処で繋ぎを頂いていると、駅を越えて向こう側に中央道の高架があり、此処から車の流れが見える。ノロノロ動いていたので渋滞しているが、列車の旅をしている私には関係がない。そんな訳で、夏なのにグラタンを注文し、その湯気にも寛容になっている。

 参考文章 グラタンの湯気を浴びながら
  山遊び夏の宴の午睡かな
  相模湖から乗った中央本線での一句。
 見ると、山遊びをするのかキッチリとした装備をした男性が、気持ちよさそうに午睡をしていた。山遊びが大好きな人にとって、午睡も娯しみの一つだろう。それを「夏の宴」と銘打った。

 参考文章 城跡とスイッチバック
 縁ある逝りし者はその彼方入道雲が隠れし場所なり
 旅行記には無いが、中央本線山梨市付近での一首。
 車窓から入道雲が見えてきた。モクモクと肉厚の入道雲は隠れるのに打って付けだ。そう見ると、38年の生涯で私と縁があった今は亡き人が、もしかしたらあの入道雲にコッソリ隠れて、四十路に向かう私を見守っているのかも知れない。そんな遠いことが考えられる旅路だ。
  夏の甲斐葡萄と桃を愛でる旅
 JR甲府駅での一句。
 コンコースでは地元産の葡萄や桃が売られていて、夏の甲州の旅を彩っている。

 参考文章 ノンビリ行こう夏の甲斐路
 夜のカフェ碧き銀杏(いちょう)見届けて気鬱を晴らす漲る秋旅
 アイスティーガムシロップを入れた筈甘く感じぬ苦き道なら
 旅鴉カフェで寛ぐ女子校生綺麗な制服若さ微笑む
 駅前のカフェでの三首。
 久し振りの泊まり掛けの旅行なので、その余興として綴った。
 此処のカフェから銀杏並木がよく見えるが、まだ葉は青かった。まだ本格的な秋は来ていないと理解し、これから気鬱を晴らす為の秋旅に赴くのだ。
 此処でアイスティーを頼み、ガムシロップを入れて啜ったが、どうも甘さが感じられない。気鬱に蝕まれ、世間から掛け離れている人生を歩んでいる私には、甘く感じられないのか。
 そんなカフェに、女子高生が来店し、勉強の前に寛いでいた。高校を卒業して幾星霜、綺麗な制服を見ると、その若さが羨ましく思い、つい微笑んでしまう。

 参考文章 カフェにいる痩身の旅人
 足柄の真夜の宴の十三夜寝付けぬ我への贈り物かな
 東名高速足柄サービスエリアでの一首。
 夜行バスで足柄サービスエリアで、トイレ休憩を取った。バスに戻る途中、夜行バスで寝付けぬ私への贈り物だろうか、十三夜の月が照らされていて、まるで深夜の静かな宴に感じた。

 参考文章 十三夜の月と高速バス
 蜻蛉や骸をさらす朝光
 紀勢本線亀山駅での一句。
 列車を待っている朝。そのホームに、生涯を終えた蜻蛉が落ちていた。そして、天国へ誘うかの如く朝の光が差し込んだ。

 参考文章 亀山駅慕情
 庭先で今年も生らす柑橘を饐を待つ実の狐狸の邸宅
 紀勢本線阿漕駅周辺での一首。
 庭先に旨そうな色をした柑橘が生った。しかし、住人は誰もなく、その実を味わう機会はない。そのまま饐えて腐るのを待つ身なのだ。

 参考文章 鈍行の伊勢市行きに乗って


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