旅人の和歌帳 8


 旅の脚通勤通学様変わる呉越同舟鈍行列車
 甲府駅での一首。
 甲府駅で、通勤通学の人が降りて、代わりに旅の脚として使う私が残った。
 この鈍行列車には、通勤通学の手段として使う人が多いが、極少数に旅の脚として使う人がいるのだ(午前8時前後)。そんな人達を乗せて、列車は走るのだ。

 参考文章 非日常の鈍行列車
 向日葵や新府の里は夏の余韻穴山駅は芒の漣
 新府駅と穴山駅での一首。
 新府駅に到着すると、駅近くに向日葵が咲いていて、夏の余韻を残しているが、隣の穴山駅では、芒が一面に咲いていた。夏と秋が背中合わせになっていた。

 参考文章 鈍行列車で即席探偵
 車窓から寄りても寄れぬ僅かなる諏訪湖を望みて塩尻へ去る
 上諏訪での一首。
 上諏訪は諏訪湖のほとり。寄りたいのだが、変更が利かない。そこで、車窓から見える諏訪湖を眺めながら、塩尻へ向かうのだ。

 参考文章 鈍行列車で眺める諏訪湖
 小学校組み体操のホイッスル倣ひて舞ひし蜻蛉の群
 木曽福島の代官屋敷での一首。
 隣にある小学校からホイッスルの音が聞こえたので、中を窺ったら、組み体操の練習をしていた。規律の良いホイッスルに倣って、蜻蛉の群も上下に動いていた。

 参考文章 木曽の代官の意外な生活
 迫り来る台風の前の信州でそばを啜る手尚穏やかなり
 木曽福島でそばを啜っていた昼餉での一首。
 天気予報では台風が、近い内に来るという。各地に甚大な被害を被らせているが、旅路での昼餉では、その心配を表に出さず、少しも慌てずにそばを啜っている。

 参考文章 エナジーを滾らせる天ぷらそば
 リベンジできしめん啜る在来線時間に追われぬ心境勝る
 名古屋駅在来線ホームにあるきしめんスタンドでの一首。
 前回、新幹線ホームできしめんを啜ったのだが、頻繁に往来する新幹線に追われてしまった所為なのか、余り味わえなかった。そこで、今回はリベンジとして在来線できしめんを啜った。すると、不思議なことに、時間に追われる錯覚は無く、十分にきしめんが味わえる。その心境が勝っていて、リベンジ成功だ!

 参考文章 きしめんと痩身の旅人
 遠足の小学生に席譲る元若者の痩せ我慢かな
 関西本線河原田駅での一首。
 四日市で小学校の遠足と出くわした。児童達は空いている席に座っているが、立ちんぼもいた。
 そこで、四十路間近ながら若者の意地を見せるべく、私も席を譲ることにした。
 しかし、立ちっぱなしは脚に来て、できることなら座りたいが、小学生連中に年寄りじみた行動は取りたくないなと痩せ我慢。

 参考文章 四十路突入の若者
 おともだち桜吹雪に逝る月日
 関西本線加佐登駅での一句。
 四日市から乗ってきた小学校の遠足は、此処で下りた。四十路間近の元若者から見ると、何とも懐かしい光景で、今親しくしている友達も、十数年後はどうなっているのだろうか。進学、就職でバラバラになってしまうのだろう。その様を時期が去った桜吹雪に喩えた。
 この句は、久保田万太郎氏の代表句「竹馬やいろはにほへとちりぢりに」という幼少時からの友達が、様々な経緯で散り散りになってしまう様を詠んだ句の株を拝借した。

 参考文章 四十路突入の若者
 旅籠から旅籠へ泊まる燕かな
 関宿での一句。
 宿場町を歩いていると、時期柄燕が飛んできて、軒下に作った巣で一休みしている。旅籠が多かった関宿。何だか、旅籠から別の旅籠へ連泊しているように感じる。

 参考文章 17年振りの関宿
 容赦なき関所越えればお娯しみ夜まで続く旅籠の賑わい
 関宿にある旅籠玉屋での一首。
 鈴鹿の関を越えた所に位置する関宿。此処に来れば、賑やかな宿場町が出迎えてくれる。食事を摂ったり、酒を傾けたりして、その娯しみは夜まで延々と続く様が見て取れる。

 参考文章 色々娯しめる旅籠


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