旅人の和歌帳 8


 目を醒ませ飛沫砕きし回想の逢ひし女の遠き思ひ出
 千葉港観光船での一首。
 観光船に乗船していたら、訳もなく、ふと今まで出会った女性を回想してしまった。しかし、幾ら回想しても、それは旅人の遠い懺悔に過ぎず、その女性が舞い戻ってくる訳でもない。その回想を縁から飛ぶ飛沫が打ち砕いて、今現在を一生懸命に過ごせと発破掛けているかのようだ。

 参考文章 観光船で3つ目の娯しみを見付けて
 金網に囲まれ窮屈展望台行きし港も遠き街並み
 見渡せば工業港と市街地の近くの森林安らぐ田園
 亥鼻公園の千葉城での二首。
 千葉城の天守閣に、展望台があるが、何と落下防止の金網が設けられている。その金網に囲まれた展望台は何とも窮屈で、隔離されている雰囲気が強い。その所為で、立ち寄った千葉みなとも何処か遠い街並みに感じる。
 その展望台をグルッと回る。工業港と市街地が見えるが、市街地の近くに森林が見えた。人工物が溢れている市街地にあって、気が安らぐ田園地帯が間近にあるのだ。

 参考文章 22年前の面影を求めて
 亥鼻で葛餅頂くお望みの桜吹雪が皿に降りたり
 満開の桜を愛でど散り気味の風流愛でる日本人かな
 亥鼻公園での二首。
 袂にある茶店で葛餅を頂くことにした。近くに桜が咲いていたので、上手く行けば桜吹雪に出会えるのかなと期待していたら、見事桜吹雪に出会えた。しかも、桜の花弁が上手く葛餅の皿に降りてきたのだ。嗚呼、何て風流なのだろう……。
 満開の桜を愛でるのだが、同時に散り気味の桜も愛でる。二つの風流を娯しむ我ら日本人である。

 参考文章 桜吹雪の陶酔
 友達と電車通学桜散る常の景色や思ひ出なるらん
 浜野へ向かう内房線車内での一首。
 時間帯、学校から帰る高校生が車内のあちこちで見掛けた。高校生は沿線に咲く桜に何ら関心を持たずに、スマートフォンを操作していたり、友達と談話を交わしていた。しかし、何時も見ている何気ない光景が、何時か自分自身の思ひ出になるのだ。

 参考文章 蘇我駅の貨物列車
 蘇我駅で時間調整カツ丼を頬張る平日あな贅沢なり
 非日常の旅の食事は如何なれど極めし贅沢一人微笑む
 蘇我駅での二首。
 千葉みなとにある千葉ポートタワーで夜景を観る為に、蘇我駅に戻ったが時間が早過ぎる。そこで、蘇我駅で時間調整を取ったのだが、空腹だったので此処でカツ丼を頂くことにした。しかも、平日。自然と贅沢感が漂ってくる。
 今日は何ら日程が決まっていない旅の途中。謂わば、非日常の日。その日に頂く食事はどうであろうとも、時間に束縛されていないので、贅沢に感じられる。その贅沢感に、思わず微笑んでしまう。

 参考文章 カツ丼抓んで貨物列車観賞
 宝石は夜の帳に守られて触る勿かれと艶めく輝き
 千葉ポートタワーでの一首。
 外灯がまるで燦めく宝石の如く見える夜景。その夜景を撮ろうとすると、どうも見た通りには撮れない。夜の帳にその宝石が守られて、何を行っても取れない遠い存在だからこそ、キラキラ輝いているのだ。

 参考文章 ポートタワーで観る夜景は?
 霍乱に短さ悟る痩せ身かな
 冒頭から、いきなり俳句でご挨拶した。というのも、夏の暑さが苦手で、早々に夏バテを引き起こしたのだ。夏バテは霍乱ともいう。
 霍乱に罹ってしまい、あらゆることが長く続かないのかと、変な悟りを得るのではと気を憂う私である。

 参考文章 霍乱を抱きて赴く旅路かな……
 桂川朝釣り浮かべて梨囓る紅葉の頃の錦秋恋しき
 四方津付近での一首。
 四方津付近になると、進行方向左側に桂川が見える。その桂川に朝釣りをする人がいた。その光景を見ながら、到来物の梨を美味そうに囓っている乗客がいた。周囲は山に囲まれているので、時期になると紅葉が綺麗なのだろう。その頃が待ち遠しく見える。

 参考文章 霍乱を抱きて赴く旅路かな……
 鈍行で思ひ巡らす旅籠かな鄙びし街道鄙びし梁川
 梁川付近での一首。
 鈍行列車に乗っていると、各駅毎の情景が目の当たりにできる時間が長いので、色々なことが思い巡らせられる。特に甲州街道沿いの梁川付近は、旅籠が建ち並んでいた。車窓からだと、賑やかだった往来は影を潜め、早朝の人通りが少ない鄙びた甲州街道が見えるだけ。

 参考文章 霍乱を抱きて赴く旅路かな……
 通学の学生姿に頬染める遠き昔のこととは思わず
 大月駅での一首。
 此処で通学途中の高校生を見掛けた。その初々しい姿に思わず、頬が紅くなった。そう言えば、私もこういう時があったのだ。しかし、遠き昔のこととは思えない。ほんの数年前のことかと、今でも思うのだ。
 参考文章 霍乱を抱きて赴く旅路かな……


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