(2012年10月12日) 平日の秋の旅は特急列車に揺られて |
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また、あの日と同じく同じカフェで、モーニングを頂いた。
来るまでに周りを見たら平日故、暗色の渋いスーツを着た通勤姿ばかり。私のような旅人姿は見た感じいないみたいだ。今のご時世、有給休暇を使って旅するのはタブーなのか。いいや、とても贅沢なお話だ。半切れのトーストとゆで卵とレモンティー(飲み物は任意の飲み物)だけのモーニングも贅沢に見える。旅に我が身を委ねる時ならば……。
モーニングを抓んで一首。
通勤に紛れて座る旅姿素なれど豪華モーニングかな
特急「ワイドビューひだ」。ご存じ中京の大都会名古屋から岐阜、美濃太田、白川口、下呂、高山、猪谷、越中八尾、そして北陸の富山を繋ぐ特急。
8時43分発の特急「ワイドビューひだ」3号。ホームに出ると、もう特急が停まっていた。目に付いた席に鞄を放り投げて、隣の窓側の席に身を沈めた。これで下呂に向かう、到着は10時13分。約1時間30分掛かる。さて、何か飲むものが欲しいな。と、ホームの売店に向かった。無糖紅茶を買って、(自由席に)戻ろうとした途端、私の鞄を置いた筈の席が見当たらなかった。あれ、何処にあるのだ。この特急に置いたことは確かだが、何処にも無い。確か、ホーム側の席に置いたのだが……。駆け足で鞄を探し始めた。
すると、発車のアナウンスが聞こえた。コリャ、不味いぞ。どうしようか? 盗まれたのか。馬鹿言え! あんなブランド品に見えない鞄を盗む輩はいないだろう。切羽詰まった事態で、変に嘲笑が出た。足は駆け足しているのに。
もう、飛び乗ってしまえ! あんな鞄を盗む輩はいないだろう。おまけに殆どの金銭は財布に入れているから安心だ。行けっ! 飛び乗れっ!
何処に置いたのだ? 置いた場所を忘れてしまっては、笑い事では済まされないぞ。旅の途中でありながら、憔悴し掛けた。
或る車両で私の鞄を見付けた。良かった。此処にあったのか……。
無糖紅茶も買えたからいいか。と、憔悴を静める為、無糖紅茶でも啜るとするか。と、蓋を開けた途端、電光掲示の「指定席」の字に目が行った。指定席……。しまった。私が乗るのは自由席の方だ。荷物を抱えて、自由席に入った。平日だから席が埋まっているとは思えないが。
ガラ空きの自由席に座れた。今度こそは、安堵の溜息が漏れた。いやぁ、朝からいきなり徒競走を強いられるとは。運動会シーズンだから言えるな。
一首思い付いたから詠む。
自由席探し求めて徒競走名古屋駅での運動会かな
これで、何の気兼ねせずに約1時間30分ノンビリ出来るな。無糖紅茶を啜り始めた。後で、モーニングで貰ったいちごジャムを混ぜて、ロシアンティーにするか。
特急「ワイドビューひだ」は岐阜から高山本線に入るのだが、特急列車の前後が岐阜で変わるのだ。だから、名古屋〜岐阜は座席の向きが逆になっているのだ。普通は進行方向と同じ向きに席が向いているのだが、逆になるだけで違和感を憶える。景色をよく見ようとすると、首を捻るから痛くなる。
枇杷島、清洲、稲沢、尾張一宮、木曽川を通過し、背後に岐阜城が聳える金華山が見えると、もうすぐ岐阜だ。岐阜駅は何度も綴っているが、駅前には金ピカの織田信長公の像や、一昔前の名称を掲げている風俗店がある。そして、駅は高架で架線が張られているが、非電化路線を走るディーゼル音を轟かせながら入線する列車があると、やはりこれも違和感を憶える。取り残された雰囲気と言えばいいのかな。貨物列車も往来する大動脈東海道本線から見れば、高山本線は山間に敷かれた単線を、ディーゼル音を轟かせながら走るローカル線にしか見えないのだろう。無糖紅茶を傾けて、高山本線に赴く勝手に思い浮かんだ侘びしさを紛らわせる。
発車まで時間があるので、稲沢で見た秋の光景を詠む。
一人旅吹かれて見送る芒かな |
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(2012年10月12日) 高山本線モンタージュ(岐阜〜美濃太田) |
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岐阜から高山本線に入る。すると、岐阜駅の隣長森駅に着いただけでも、もう田園地帯だよ。その距離は僅か4.2q。都会の岐阜市と田園の岐阜市が見られる。それを、岐阜城は悠然と見つめる。
各務ヶ原を通過した。市名は各務原(かかみがはら)だが、余計な「ヶ」が入っていて違和感がある。しかも、読み方は少し違う。「かがみがはら」と読むそうだ。
ややこしい話を変えよう。此処はご当地グルメ「各務原キムチ」で有名なんだよね。
鵜沼に向かう途中、電光掲示板に何やら出てきた。犬山城の案内だった。さて、何処だ。カメラの用意をして辺りを見渡すと、私の席の反対側に天守閣が見えてきた。あれだ。しかし、視界が余りハッキリしてなく、望遠を使っても良い写真は撮れないと踏んだのと、ガラ空きなのにも拘わらず、席を取られたくない一心、席に座ったままカメラを構えたので、これもまた良い写真が撮れないと思ったので、控えた。都合が付けば出掛けるか。無糖紅茶を一啜り。甘さが無いので無情だ。
坂祝(さかほぎ)を通過し、美濃太田に停車した。此処はJR太多線と旧国鉄越美南線(えつみなんせん)から第三セクターになった長良川鉄道の接続駅。(此処では綴らないが)下呂温泉の後に立ち寄った。中山道太田宿があった場所だ。ポルトガル語(断定できないけど)が書かれた看板が掲げられている駅前商店街を越えて(此処美濃加茂市は企業城下町として知られている。工場閉鎖云々で、街の存亡が取り沙汰されている)、暫くすると瓦屋根と軒が低い家が建ち並ぶ宿場町が見える。近くには太田の渡しがあった木曽川や資料館もある(今回は大した印象が無かったので、省略させて頂くが、写真数枚を掲載しておく)。
美濃太田を過ぎると一気に山間に入る。民家に広い庭や畑があったり、林の中を貫通したりと、ローカル線の雰囲気が高まる。瞬時に民家をチラッと見ると、ノンビリ庭掃除をしていたり、孫と遊んでいる老婆の光景が見えたりして、普段は仕事中で垣間見られない日常姿が見られる。時計を見たら、もう仕事が始まっている時間だ。仕事をしている時間に旅路に身を委ねている。「この時間帯は、誰が何をしているのか」を知るスリルも同時に娯しめる。それ故、今日は特別な日に感じる。やはり、平日の旅は贅沢だなぁ。こっちはシナリオが無い旅の最中だ。日常姿というシナリオが組み込まれている劇を見ながら、無糖紅茶を啜った。ロシアンティーを作ることを忘れて。
写真は太田宿の光景。 |
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半分になった無糖紅茶の蓋を閉めると、今度は飛水峡の案内が出てきた。カメラの用意をして、辺りを見渡す。犬山城は外したが、飛水峡はどうだ?
見ると、傾斜を削った雑木林しか見えない。電光掲示板はまだ案内を続けているが、一体何処だ。真逆、また反対側か? 岩が剥き出しになっている箇所があったが、あれが飛水峡なのか?
力無く項垂れた(うなだれた)。また外したのだ。何だ、コリャ。自分の鞄を見付ける為に要らぬ徒競走をするわ、犬山城を撮そうとしたが、条件が悪く諦めるわ、そして、飛水峡も反対側とは。嫌な気分だな。もしかしたら、下呂温泉も外すのか? ケッ、冗談じゃないよ! 待望の有給休暇を使って平日に旅行しているのだ。責めて、この時だけは幸運の女神は微笑んで欲しいものだよ! 景気付けに、夜明け前に買った栄養ドリンクを呷った。賞味期限は切れていないのに、妙な酸味に顔を顰めた。
憂さ晴らしに一首。
秋桜に秋の赤色奪われて枯れ時待つ身彼岸花かな
さて、どの位経ったのか。名も知らぬ川がずっと左側に位置している。これが、私に奇跡を起こすとは、この時は予知していなかった。
なんて綺麗な川だろう。透明度が高い青い水と緑の水が光の加減で変わる様は、都会人に驚きの溜息を吐き出させる。周りも人間の開発を阻む如く、岩が剥き出しになっている箇所もあれば、濃淡の緑で鬱蒼(うっそう)とした森林を描く。それは高山本線に乗車した人だけが見られる名画と言ってもいい。建物やイベントは造れば此処でも造れるが、このような風光明媚な景色は都会では造れないからだ。五輪誘致に自棄に熱くなっている東京が、チンケに見えて面白い。
電光掲示板に案内が出てきた。中山七里の案内だ。飛騨川沿いにある景勝地で、「七里」の通り約28qも延々と続いている。これだけは撮れた。ゴツゴツとした岩がある箇所もあれば、岩が無く崖に挟まれた箇所もある。深い水を湛えている箇所に水力発電所がある箇所もあれば、底が見えそうな深さで穏やかに流れている箇所もあり、「これが中山七里だ」と言い切れないのが面白い。中山七里だという事を説明するには十分だと思う位、一杯写真を撮った中で、私が気に入っている数枚をお見せするとしよう。
写真は中山七里の光景。清流や水力発電所等あり、興味が尽きない。 |
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下呂温泉。飛騨でも有名な温泉街だ。飛騨に入るのは今回が初めてだ。
それにしても、約1時間30分特急列車に揺られて、風光明媚な景色が見られて、目の保養になったが、犬山城を外し、飛水峡が見られなかった悔しさが胸にこびり付いていて、表情は晴れていなかった。でも、進行方向で得た情報があるから、今度は反対側に座るとしよう。景色は逃げも隠れもしないから、タイミングが合えば、1枚は撮れるだろう。
お手洗いを済まし改札に向かったら、団体旅行の入札に出会した。切れ目は何処にも無さそうだ。暫く改札で立ち往生だな。下呂駅は有人改札なので、駅員が各々の切符に押印している(昔は切符鋏という道具でパンチを入れていた)ので、時間が掛かる。でも、余り苛々はしなかった。都会で見られない光景に見取れていたのだろうか、それとも、飛騨下呂という土地柄、時間に追われることのない空間があるのだろうか。いや、平日に旅行できた嬉しさが勝っていたのか。少なくとも、いちいち時計を見て、苛立つ愚行は無かったな。これも「郷に入れば郷に従え」の一つだろう。
皆、係員の誘導で乗る列車の位置の指示を受け移動している。表情を見ると、暗そうな人は誰もいない。愉快なお喋りを繰り返していて娯しそうだ。平日に旅行できた嬉しさが顔に出ている。こんな贅沢を娯しんでいるのは、初老を過ぎた男女が大半だった。……とは言うものの、平日に旅行できた私もその一人だな。
……今、お前の齢は幾つだ? 34か。家族はいるのか、仕事はどうしたのか。ほったらかしたのか、それとも、早々に引退したのか? 何? 有給休暇を取ったのか。ケェッ! 贅沢な若造だ! よくもまぁ、平日の旅に現を抜かせるな。褒めてやりたいよ、若造。そんなことだから、34になっても結婚できないし、子供連れを見て、変に溜息付くようになるんだよ。
……罰当たりなことをしているように見えるな。でも、羽目を外さなければ、罰は当たらないだろうね。そう思いたい。
団体旅行の入札はまだ続いている。ホームに出ても、まだ改札付近であれこれお喋りしているので、なかなか出札できない。見てるしかないか。でも、集団行動が余り得意ではない私には、妙に窮屈に見えた。時間通りに動かなくては行けない団体旅行は疲れるからだ。自分が思い付いた時間で列車に乗り、思い付いた場所で食事を摂り、そして、思い付いた場所で旅行する。これにちょっとしたアドリブというスパイスが加われば、娯しい事この上ない! これが旅の醍醐味では無かろうか。平日に旅行できた場合は尚更だ。 |
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平日の10時過ぎ。下呂温泉はとても静かだ。車の往来も少なく、開発の手が余り行き届かず、素朴な飛騨の魅力を存分に伝えてくれる。駅前の土産物屋の近くまで森が迫っていたり、客を待っているタクシーの運転手達があれこれ世間話をしていたりと。
列車の跨線橋を潜ると、綺麗なホテルが目立つ。……あれ、何か変だなぁ。思い描いていた「飛騨」とは全然違う。私のイメージで「飛騨」は、知る人ぞ知る秘境が多く、旧習が色濃く残っていて、現代文明を受け入れ難い空気があると思っていたが……。風情ある木造の旅館が多いのかと思ったら、何処の観光地でも見掛けるリゾートホテルの多いこと。開発の手が行ったのは判るが、何か味気ないな。もっと奥へ行けば、私の思い描いていた「飛騨」があるのかな。高山辺りにでも。
或る交差点を渡った時、左側に黒を基調にした店を見付けた。その中に「鰻」の文字に惹かれた。鰻か……。8月に佐原で頂いたな。昨今鰻の稚魚の不漁で高騰が収まらず、一般大衆には高嶺の花になりつつある。懐には10000円札は少しは入っているし、下呂温泉の昼餉に鰻を抓んでいきたいな。試しに店に近付いてみたら、11時からの営業で、品書きを見てみたら、割と手頃な値段なので、昼餉に頂けそうだ。平日の昼餉に鰻か……。贅沢だな、コリャ! 顔がにやついた。
飛騨川に架かる橋を渡った。飛騨川に沿ってホテルが建っているが、鉄筋コンクリート製の建物で、風情ある木造の建物は目を凝らしても無かった。何も言えない。
飛騨の現状を知った私の視線は、飛騨川を向いていた。特急列車で見た中山七里のような深い水を湛えていたり、ゴツゴツとした岩が両岸にある景色ではなく、広い河川敷の中をサラサラと流れている穏やかな川だった。それが、数q先になると、全く様相が違う川になるのだから。
橋には地元の小学生達の足と手が押された判が並べられていた。日付を見ると「H5」と出ている。平成5年か、私は中学3年になるな。そうだ。修学旅行で京都に行った年でもあるな。今、この子達はもう三十路に入る境になるな。私なんかもう齢34になるのだから。時の流れは何とも恐ろしい物だ。それでも、これはこの世に生きていたれっきとした証しになるのだ。
橋を渡り終えると、温泉街に入る。小さな川沿いに柳が植わっている風情ある温泉街だ。建物も10年以内に改装を施したような新しい建物ばかり。温泉の湯気が立っているが、奥床しい飛騨らしくないな。だけど、平日の昼頃なので、観光客の姿は私以外には、片手で数えても良い程。と言うことは、自分の行程が時間まで忌憚なく貫けるという事だ。さて、何しようかな。先程の鰻の件は抑えておいて。
温泉街を撮していると、何やら標識がある。見ると、何と下呂温泉は韓国ドラマのロケ地として撮影されていたのだ。韓流が日本に定着して数年経つが、真逆このような山奥の温泉街にまで足を運んでいたとは。昨今の竹島問題でギクシャクしている日韓だ。最も、腰抜け民主党に対策が打てるとは全く思わないが、褒めて良いのか、怒って良いのか判らない。
温泉街に来たからは温泉に入るのが道理だが、私の荷物には温泉に入る用意が出来ていない。タオルは日帰り入浴できるホテルでも賄えるが、濡れたタオルを抱える訳には行かないので、足湯を探した。
そんな中、土産物屋に隣接している足湯を見付けた。しかも、誰もいないし、七福神を象った人形が乗っている宝船もある縁起物。旅の初日から縁起が良いね。鞄を探しに徒競走させられたり、犬山城と飛水峡を外したり、中山七里の色々な景色が見られたりしたりと、幸運と不運が入り交じっているな。さて、一休みするか。
靴下を脱いで、足湯に浸かった。丁度良い湯加減だな。特急列車では靴を脱いで通気性を良くしていたので、足下が冷えてしまったから、余計温かさがジンワリ効いた。ジンワリ効く温かさを感じながら、少し足を動かしたり、心地好い口笛を吹いたりと、平日の静かな下呂温泉郷に浸った。
平日の11時だ。私以外の客は誰も来ない。だから貸切だ。贅沢だなぁ。
此処で、温泉郷で見掛けた光景を詠む。
喜劇王柳葉吹かれる秋の下呂
上はJR下呂駅周辺。
中2枚は下呂温泉郷。
下は偶然見付けた喜劇王チャップリンの像。 |
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さて、土産でも買うか。ホテルに併設されている土産物屋へ入った。菓子類の類は殆ど手を出さず、テレカと絵葉書ばかり探すようになってきた。メールより訪れた証拠にピッタリだし風情もあるし、嵩張らず身軽に歩けるからだ。高校生の時も先述の2品を買っていたのだが、菓子類と一緒に買う付け出しレベルだった。今となっては金銭に余裕があっても、ついその2品を探し求めてしまうメインレベルになってしまった。今、旅先で買ったテレカと絵葉書を整理したら、使った金額やら、購入した場所やら、積み上げた高さやら、どの位になるのだろう。でも、年取った証拠なのかな? 嵩張らない絵葉書ばかり買ってしまう私って。
しかし、年取ったとは断言できないな。入口近くに置かれてあるレトルト飛騨牛カレーに見取れてしまうからだ。飛騨牛か、ブランド牛だ。(ホルモンながら)松阪牛を嗜んでいる私は、暫く飛騨牛カレーを手に取って、土産にしようかと思案し始めた。飛騨土産にはいいねぇ。値段も割と税込525円と良い具合だ。すると、「特盛り」と謳った飛騨牛カレーを見付けた。その量は3〜4人前で、税込1050円のお値打ち価格! 贅沢だ。カレーライスにしなくても、これだけで頂きたいな。齢34は(自惚れながら)若者の範疇なのだから、(若気の至り云々もあるが)ペロッと平らげられるだろう。
駄目だ。幾ら金銭があるからと言って、旅の初日で下手に散財したくないし、3〜4人前頂いて、腹痛を起こしたらどうする! 当初の目的は、テレカと絵葉書ではないか! 此処は何とか振り切って、店内を回ってテレカと絵葉書を探し始めた。菓子類、民話を纏めた本、木炭を使った石鹸に洗顔フォーム、ご当地キャラメル、豪華な馬油……。何処にもテレカや絵葉書は無いな。もう一回店内を回ったら、絵葉書があった。4種類程あったが、その中でも見栄えが良い2種類を買った。さて、テレカは何処にある? と、店内を探し回ったが、やはり無かった。ケイタイやスマートフォン等の普及で、公衆電話の設置数が激減し、ご多分に漏れずテレカも骨董品扱いされつつあり、その商品価値も通話代しかないと聞く。寂しい気持ちだ。
11時になったので、先述のうなぎ屋に向かった。黒を基調としたお洒落な店内は、思わず襟を正してしまいそうだ。平服で来たら、失礼に当たりそうだな。
さて、注文しようか。11時41分の美濃太田行きに乗る旨を伝えた所、出来上がるまでに15分位掛かると言われた。パンフレットに書かれた、持ち帰りの弁当ならどうか。それならば、41分の列車に間に合うとのこと。それにしよう。
レジで頂いたパンフレットを見ると、おぉっ、あるな。どれにしようかな……。上鰻重は鰻1尾丸々使った贅沢な一品だが、その上の特上鰻重は何と鰻1.5尾を使った贅沢な一品。鰻好きには迷うばかりだ。鰻丼も良いね。上鰻丼は鰻6切れ入っている。どちらも贅沢だな。さて、どれにしようかな。平日の旅だから、ドカンと大盤振る舞いするか。と、特上鰻重を見ると3800円也。……ちょっときついな。まだ旅の前半だから、温存しておきたい。かといって、一番安い並鰻丼1950円では鰻4切れしかなく、ちょっと味気ない。とすると、上鰻重と上鰻丼になるな。値段は2850円と2500円。その差僅か350円。軍配を差し出して、決めよう! ……下手に出費して後々困りたくない。自戒の念が此処で働いた。三十路なのだ。金銭の遣り繰りはキチンとしておきたい。
結果、上鰻丼に決定。2500円也。マイラッキーナンバー「5」にゆかりがある値段だから。
これで、平日の昼餉に鰻を頂く贅沢が手に入れた。 |
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11時41分の列車は、来た時の特急列車と反対側の方に座った。此処に座れば、飛水峡が見られる筈だ。何が何でも、絶対撮ってみせるぞ。上鰻丼が買えたのだから、飛水峡は撮っておかないと。
……と、まずは上鰻丼で鋭気を養うとするか。列車が発車したのを確認した後に、蓋を開いた。ディーゼル音の旅情を掻き立てる音を聞きながら。
焼き立ての鰻の蒲焼き6切れが入っている贅沢な一品だ。それを、平日の昼餉に充てるとは。山椒を振り掛けて、頂きます。
一口頬張ると、熱い蒲焼きのホクホクした食感と、甘辛のタレが口中で踊り始めた。自然に笑みが零れた。鰻の味を噛み締めながら、車窓に眼をやる。飛騨川があった。何が何でも飛水峡を撮ってみせる。カメラの準備をする。
何と、飛水峡を撮る前に見えてくる飛騨川の光景に、何度もシャッターを切ってしまった。先程見た深く水を湛えている場所もあれば、飛水峡と見紛う程甌穴(おうけつ)が続いている場所もある。滅多に見られない光景を写真に収められた嬉しさに、上鰻丼を頬張る箸が進んでいく。鰻丼しかない上鰻丼なので、この光景を副食にするか。これまた贅沢だ。
此処で一首。
鈍行に揺られ揺られて鰻食ふ撮る間逃すな秋の飛騨川
焼石を出て飛騨金山に向かう途中、列車が停まった。単線区間によくある列車の行き違いを行う為に停まったのだ。(列車の話になるが)単線区間にはこのような行き違いを行う箇所があり、駅でも出来るが、駅以外の場所でも行うこともある。列車の信号があることから、「信号所」と言う。福来(ふくらい)信号所という縁起の良さそうな信号所だ。
暫くすると、車内アナウンスが入ってきた。「向かいの列車が遅れておりますので、発車が遅れます」だって。特に気に障ることではない。残り少なくなった上鰻丼を抓みながら待つとするか。此処は1分1秒に執着する都会ではないから、たかが1分の遅れに寛容になろうではないか。現代日本に欠如していること。些細な遅れに気を立てないことだ。
ふと見た光景で一句浮かんだ。
天日干し傍らの柿熟れを問ふ
写真は往路と反対に位置する飛騨川。 |
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何時の間にか上鰻丼を平らげた私は、ずっと車窓に眼をやっていた。飛水峡を待っていたのだ。どの方向にあるのか、どのような景色かは判っているが、一体高山本線のどこら辺にあるのか判らない。だから、車窓から眼が離せないのだ。飛水峡の前でも、絵になる飛騨川の光景が続いているのだ。まだ、この辺は中山七里なのかな? 下呂駅で買った無糖紅茶を傾けた。
隧道を潜る度に、飛騨川は向きを変えている。飛騨川の景色も見飽きたな。シャッターを押す回数も減ってきたし、眠くなってきた。……駄目だ! 飛水峡を撮るまではウトウト出来ないぞ! 意識を奮い立たせて、眠気覚ましの無糖紅茶を一啜り。最も、ブラック珈琲を啜ってもウトウトしてしまう私には、単なる気休めに過ぎないが。
白川口を発つと、また飛騨川が来た。
違うな。何時ものとは違う光景だ。背の高い滑らかな岩が延々と続いていて、飛騨川が緩やかに流れている。岩の高さの所為か、緩やかな流れでも、落下したら助かりそうもない雰囲気だ。その異様な光景が求めていた飛水峡かと閃き、すかさずシャッターを押した。飛騨川の激流に因って岩肌が削り取られて為した飛水峡だが、車窓から間近に見られる。よくもまぁ、こんな所に線路を敷いたな(余談になるが、この辺に行き違いを行う飛水峡信号所がある。どうせなら、此処に駅を設置して欲しいのは、余所者の戯言だろう)。昔はダムが少なかったから、激流に飲まれて殉職した職員も居たのだろう。
やっと、これでウトウト出来る。時計を見たら、13時15分前だ。普段なら、昼餉後にゆっくりしているが、今日だけは仮眠付きの列車の移動だ。思いかけず鰻を昼餉に充てられ、撮り損ねた飛水峡も撮れて、美濃太田到着の13時6分まで昼寝タイムなのだから。贅沢だな。
昼寝前の一首。
昼餉時鉄路で巡る飛水峡ウトウトし掛ける時こそ貴重
写真は上手く撮れた(?)飛水峡の一枚。 |
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