(2013年8月17日) 外房線のスーパートリック |
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この日もまた、総武快速線のグリーン車に乗った。しかし、行き先や座った場所が違っていた。今度は外房の上総一ノ宮で、進行方向左側の席に座った。これは14日の旅日記をご覧になり、千葉県に詳しい方は大方お判りだろう。海岸線に沿って走る内房線と外房線。内房線が進行方向右側が海側なら、外房線はその逆。海好きな私には、どうしても海が見たいからだ。
賑やかな千葉駅を眺め、秒針が要らない房総時間が始まる蘇我駅を発つ。次第に右に逸れる内房線と岐れたら、外房線の始まりだ。その時は、千葉駅の殷賑を思い出すように。どうしてかって。これから始まるトリックに必要だからだ。
蘇我を発ち、鎌取に向かう。暫くは住宅地を走るが、段々住宅が少なくなってきて、田畑や雑木林が目立つようになる。牛小屋もチラッと見掛けた。雑木林の中を外房線が走る。緑が多く、空が良く見えるよ。時折、裏庭が畑になっている一軒家が見え、その素朴さから昭和の薫りをホンノリ残しているかのようだ。その光景に目を細ませると、鎌取駅はショッピングセンターや住宅街等があり、一気に都会の様相に戻る。そして、1分経つか否かで、また先程の光景に逆戻り。誉田(ほんだ)に向かう途中になるともっと濃くなる。田園を貫く一本道があり、車1台すら通っていなかった。チラッと「明治大学 誉田農場」と書かれてある看板も見える。大きな建物は何処にも無く、電線を渡している鉄塔が長閑(のどか)に見える。
土気(とけ)駅で駅の向こう側が丁度見える場所に停まったので、1枚撮った。どうだろう。大通りは無く、片側1車線の道があり、ポツポツと民家があり、その奥は田畑があった。れっきとした田舎の駅だ。
そして、大網に向かうと、民家が無くなり、鬱蒼(うっそう)とした森の狭間に黄金色に色付き始めた田圃が見えてくる。秘境と言ってもいい光景が広がっている。
さて、此処は何処だ? 都市名で言って。えっ、何々郡何々町だって。先程の土気や誉田、鎌取もそうだって言うのか。あぁ、そうですか。何々郡何々町ですか……。
実は、鎌取も誉田も、土気も全部千葉市緑区に位置しているのだ。あの千葉駅の殷賑と較べたら、驚くだろう。鎌取の一軒家とい、誉田の農場とい、そして、土気駅の田舎の光景とい、全てひっくるめて千葉市緑区なのだ。あの秘境も千葉市緑区なのだ。とにかく千葉市は、都会と田舎が背中合わせの町なのだ。
はい、トリックは終わり。カーブ上に設けられている大網駅からチラッと見える東金線ホームを撮して、ゆっくりリクライニングに身を沈めた。
此処で一首。
鎌取や緑に驚き誉田土気千葉市の内かと驚く緑
上は誉田付近。
中は土気駅周辺。
下は大網に向かう途中の光景。 |
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一宮川を渡り間もなく、上総一ノ宮に到着した。向かい側には安房鴨川行きが停車していた。いの一番に乗り換えて席を探したが、何と殆ど埋まっていて立ちんぼになった。ざっと見た所、半ズボンを穿いて、浮き輪やビーチボールを抱えた海水浴客らしい乗客が殆どで、私のような降りる場所だけ決めて旅する人はいないようだな。しかも、持ち物も肩掛け鞄だけで、「一体何しに来たのだ」と言わんばかりの怪訝な視線が気に掛かった。怪しい者ではないので、ご安心を!
グリーン車で約1時間30分、リクライニングで贅沢に寛いでいた後は、立ちんぼで勝浦に向かうとは。混雑に縁が無いグリーン車にずっと乗っていたので、立ちんぼの様は落胆し掛ける。
此処には一宮海岸が近く、海水浴客で賑わっているので、多少は此処で降りるのかと思いきや、殆どの乗客が安房鴨川行きに乗り換えた。車内の席は全て埋まり、座れなかった乗客はドア近くに軽く凭れて、目的地到着を待っていた。車内は老若男女で大賑わい。その殆どが海水浴客だ。内房を旅した14日の車内とは明らかに違う。内房で海水浴ならば、君津や富津より遠い保田(ほた)辺りから始まるので、様々な目的で乗車しているので、第三者から容易く(たやすく)目的が読めないが、外房は保田より近い上総一ノ宮から海水浴場があるから、楽に目的が読める。特に夏場はね。
座れた乗客は優越感に浸れるかの如く、缶麦酒を開けて美味そうに啜っている。そんなに飲める私ではないが、何とも羨ましい光景だ。天気に恵まれ、目的地までノンビリ座れて、美味そうに麦酒が飲めるとは。あっ、そうだ。グリーン車で約1時間30分リクライニングで存分に寛いでいたから、愚痴を叩くのは止すとするか。
此処で一首。
ローカル線満員御礼缶麦酒マリンスポーツ真夏の宴
私の近くに立っている五十路らしいおじさんは、何やら切符を取り出していた。おぉ、青春18きっぷではないか。しかも、3回程使っているではないか。旅する者に定年は無いし、旅している時は若者気取りで行っても良いのだ。すると、もう1枚切符を取り出した。それは「リゾートあわトレイン」の指定席券。丁度近くの吊り広告を見ると、何と今日が運転日なのだ。「リゾートあわトレイン」か……。吊り広告を見ると、絶景の箇所の徐行運転や、千倉駅での地元グルメの販売等イベントがあるそうだが、私は別にこの列車に乗る為に旅している訳ではないので、すぐに車窓に目をやった。
東浪見(とらみ)、太東を過ぎ、いよいよ遠くにうっすらと九十九里浜が見えてくる。外房線の特徴は、すぐに海に出会えることだ。特に私のような幼少時から縁がある人ならば、ホッと溜息が漏れそうだ。細かい砂がズッと続いた砂浜に遠浅の海、眺望を妨げたり景観をぶち毀すような建物も無いので、心安らぐ場所九十九里浜だ。だけど、まだ遠くに位置しているので、実感が湧き難いと思うが、うっすら見えた時点でいいと思わなくては。真逆と思う方は、進行方向左側に席を取って、ご覧あれ。
途中の長者駅の光景を詠む。
田舎駅停まりしタクシー運転手団扇で扇ぎて客を待つ時
チラッと見た大原界隈の休憩の光景を詠む。
娯しかな日陰でスマホ休憩時
10時48分、勝浦に到着した。多くの客が吐き出された。海水浴場が近い上に宿泊施設も一人前に整っているから、此処で宿泊する客がいるのも頷ける。
それにしても、先述の「リゾートあわトレイン」の事が引っ掛かっている。もし時間があれば、乗っておこうかな。特にこれと言った予定も無いし、突発的に予定を入れても困らないから、改札で尋ねてみるか。当日予約でも指定券が取れるかどうか。
改札脇の切符売り場で指定券を頼んだ。まぁ、今は夏休みの真っ直中で、一般大衆は遠くへ出掛けることが多いから、当日での指定券は取れないだろう。取れなかったら、それで良い。安房鴨川で少しブラブラして、鈍行に揺られて帰るとするか。それが安上がりだ。
マルスから1枚の切符が吐き出された。そして、私に差し出された。取れたのだ。これで、今回の旅に少し華が添えられたのだ。
写真は太東を過ぎて見えてくる九十九里浜。 |
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(2013年8月17日) 海水浴と豪華リゾートホテルの勝浦 |
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勝浦というと、朝市が有名だ。時計を見たら10時55分。まだ、開催されているのかと、駅近くの土産物屋で尋ねてみると、11時迄だという事で寄れない。開催時間を答えてくれた礼として、帰りに立ち寄る約束を取り付けて、海岸へ向かった。前回来た時も、朝市を目指していたのだが、道に迷ってしまい寄れず終い。その代わりに、シーズンオフの寂しい海水浴場に辿り着いたのを憶えている。そして、隣接している高級リゾートホテルで、東京駅で買った駅弁を抓んだな。
さて、その海水浴場は、道路を一直線に進めば、難無く着ける。右側に高級リゾートホテルがあれば、そこだ。関東界隈でテレビCMにも出てきているホテルだ。その脇の道に入ると、海水浴場がデンと控えている。
余り広くない海水浴場に、色取り取りのテントやパラソルが立っていて、時折歓声を上げて、海水浴を娯しんでいる。見た所、家族連れが多く、若者は数える程。後ろにデンと控えている高級リゾートホテルの影響があるのかな? チラッと見たら、宿泊者用のシャワーを浴びている子供がいた。親はどの位出費したのかな。高く付いた領収書を扇子代わりにして、舞でも舞ってみなされ。痛い出費に涙するだろう。
波も穏やかで、遠くには青々としている山と集落が見える田舎の海だが、高架の道路が見事景観をぶち毀している。こんな静かな海の町に、忌々しい都市化の波が押し寄せている。何処も彼処も東京みたいにしても、地元の人から見れば便利一辺倒を喜ぶが、余所者から見れば「リトル東京の増殖」と呆れるだけだ。
時計を見たら11時15分近くを指していた。そうだ。早めの昼餉でも摂るか。東京駅で買ったヒレカツサンドを抓みながら、冷たさが無くなった無糖紅茶を傾けた。頻りに汗を拭きながら抓んでいるので、無糖紅茶が温く感じる。
ヒレカツサンドを抓みながら、海水浴場の光景を眺めた。雨が降る気配も無く、海水浴を娯しんでいる。子供達は今日を待ち焦がれていたのか、甲高い声で買って貰った浮き輪にしがみつきながら波を受けたり、はしゃぎすぎる子供を叱る母親の声も時々降ったりして賑やかだった。中には泳ぎたくないのか泳げないのか、その事を隠す為に麦酒を啜る光景もあった。その中に、海水浴客とは懸け離れている服装で、格好付けてマドロスポーズで、美味そうに昼餉を摂っている男がいた。泳ぐ予定も無いし、ただ立ち寄っただけという軽薄な理由だ。
普通の靴で砂浜を歩いて、1軒しかない海の家を覗いた。これも中に入る予定も無いし、客の捌けは如何な物かと伺うだけだ。服装から見れば、藪睨みされても無理はないな、コリャ。中は客が7〜8割いて、かき氷のコーナーには行列が出来ていた。彩色豊かなシロップのかき氷は冷たそうに見える。いいねぇ。私なんか冷たいか温いか区別が付かない温度になっている無糖紅茶を、微かな冷たさを求めて啜りながら、ヒレカツサンドを抓んでいる時に、350円前後を払って一瞬にしてキーンとした鋭い冷たさが得られるかき氷を、旨そうに掻き込んでいるとは。それじゃ、私もその冷たさに与ろうかとしたら、服装を見て止めた。どう見ても海水浴客じゃなさそうだし、「旅の途中云々」と理由で、海の家にズカズカと上がり込む程厚顔無恥では無いので、残り少ない無糖紅茶で慰めて、リゾートホテルに入った。
此処で一句。
海水浴夏の旅人彷徨い靴
そして、その豪華リゾートホテルに入った。清掃中の従業員から挨拶された。いや、困ったなぁ。何の用は無いのだ。ただ、涼を摂る為なのに。
紅色の絨毯(じゅうたん)の豪華絢爛なオーシャンビューのロビーでは、家族連れで賑わっていて、特に子供は全く見慣れないリゾートホテルの豪華さに大はしゃぎだ。中には壁泉等もあり豪華を際立たせている。私は殆どシティーホテルやビジネスホテルしか泊まったことがないので、このような豪華なホテルに溜息が漏れる。1泊幾ら位行くのだろう。そして、家族連れ(4人)だとどの位行くのだろう。
此処で一首。
勝浦の高級ホテル夏休み家族連れの桃源郷かな
しかし、ほんの数秒も経たない内に、豪華さに溜息を漏らしていたのが、意地悪そうに鼻を鳴らした。豪華さに目を奪われるのはほんの一瞬だ。幾ら豪華な装飾を施しても、それ相応のサービスや室内設備が無ければ、単に客を欺く小細工に成り下がってしまう。特に接客業に携わった人ならば、どうしてもそんな勘繰りを巡らせてしまう。このホテルには名物豪華風呂(名前は伏せるが)があるが、こんな物で豪華気分を味わうのは、どうも嫌だ。豪華な物を沢山取り繕い、如何にも俗世から懸け離れている物だと謳い文句に誘われ、これで「自分は金持ちだ」と笑っている人の懐を探ってみたい所だ。余程、気の利いた金銭の使い道を知らないのか、自分の心の貧しさを「金銭」というチンケで嫌らしい物で誤魔化している連中だろう。こんな連中の口から「被災地復興云々」と言っても、「口先だけで、偽善だ!」と叩かれるのがオチだろうね。しかも、こんな装飾に託けて(かこつけて)、一般価格より割高で物品を販売する儲け主義が鼻に付きそうだった。前回立ち寄った時、コーラの値を見たら4桁だったのには驚いた。値段が高ければいいのか。変なブランドが付けばいいのか。いや、高級リゾートホテルだから許される金額なのか。これでは、「内のホテルは最高級品です。普通のチンケなホテルを忘れて、存分に贅沢をお楽しみ下さい」と高飛車発言をしているような物だ。神経性の吐き気がしてきたので、お手洗いだけ利用して、暫く涼を摂って、充分に摂れたのを見計らって出た。丁度、11時47分の列車の時間になってきたからね。
写真は勝浦の海水浴場。 |
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安房鴨川行きに乗った。車内の冷房に浸ること数秒。車内は先程と較べてガラガラ。時間を見れば正午に近いし、あの海水浴場の混み様から見れば、今頃来るには遅い感じがする。一体何処で降りたのかは見当が付かない。
勝浦から隧道を通過する回数が頻発する。海と程近い所を走っているのに、折角見えた海が殆ど見られないのだ。隧道を出て海を見付けてホッとしているのも束の間、また隧道に入り重苦しい溜息を吐いてしまう。そんな様を和歌に綴ったな。19歳の時だ。初めて鴨川を旅した時だな。
上総興津に到着した。降りた客は割と多かった。まだ、上総なのか……。相当南に下った筈なのに。実は千葉の南端に位置する「安房」は内房に片寄っているのだ。歴史を繙けば(ひもとけば)、判るから。そして、この上総興津には昔懐かしい旧国鉄時代の駅名標が、現役で活躍しているのだ。写真には収められなかったが、鉄道ファンならば見る価値はある。
さて、列車は行川アイランドに到着した。この駅名にピンと来た人は「かつてのテーマパークの最寄り駅だった」と思い起こすだろう。房総にある三大レジャーランドの一つだった行川アイランドは、2001年8月31日に閉園した。もう12年になるが、まだ買い手がいないとは……。到着してすぐに、入口だった場所を見付け、シャッターを押したが、入場券売り場だった所の屋根はすっかり色褪せて、剥がれ掛けていた。更に、「行川アイランド」と一字ずつの看板が貼り付けられていた跡もクッキリ見え、少しも人の手が入っていないことが判るが、海水浴客で賑わっていた勝浦を見た後だったので、余計不気味に見えた。丁度見えた所に蘇鉄が植わっているが、閉園したことすら知らずに来訪者を待っているようだった。
そして駅舎も変わっていた。新しく出来た駅舎は黒を基調としているが、かつての入口より遠くに設置され、造りもベンチだけの待合室だけで、行川アイランドが繁栄していたことを何処か否定しているように見える。そして、切符売り場や簡易郵便局を備えていた旧駅舎は草に覆われて、見るも無惨な姿に成り果てていた。手入れしていない蘇鉄が、幽霊の如く葉を垂らしているだけではなく、列車も何処か嫌がってその場所には停車しなかった。かつての繁栄を十重二十重に隠しているが、長過ぎるホームが微かにその繁栄を伝えている。
実は例の行川アイランドだが、閉園直前の2001年8月24日に訪れたことがあるのだ。安房鴨川に到着するまで、時間があるから話そう。
マザー牧場、鴨川シーワールド、行川アイランド。房総に位置する三大レジャーランド。しかし、平成不況に抗え(あらがえ)なかったレジャーランドが行川アイランドだった。
行川アイランドに降りると、改札を受ける前にいち早く歓迎の意を伝える看板が現れて、道路の向こう側に、一際大きいフラミンゴの看板の入口があった。
園内はそんなに混雑していなかったし、外房の海を撮った時は、パラソルには誰もいなかった。気の利いたアトラクションがあった訳でもないし、アシカショーや東京界隈で珍しいフラミンゴの行進や、空飛ぶ孔雀のショーがあると言っただけのレジャーランドだった。家に戻って、当時のパンフレットを見ても、心躍るという訳ではなかった。閉園の原因はこういう所にもある気がする。交通が多少不便でも、魅力ある場所ならば、その点は目を瞑ってでも行く価値はあるが、気を惹く特色が無ければ、幾ら目を瞑っても、東京にあっても行く価値は無いのだ。
フラミンゴの行進での一首。
艶やかな姿形のフラミンゴ再就職の目途は問う我
あの時、目を奪う程の鮮やかさで何度もシャッターを切ったフラミンゴ、高台から空を飛ぶ如く地上へ降り立った孔雀、そして、アシカのベロは閉園後、何処へ移ったのか。仮に移ったとしても、行川アイランドと変わらない芸を披露したのか。動物は人間以上に環境の変化に敏感で、飼育員が変わっただけでも機嫌が変わると言うから。そして、生涯を閉じても、行川アイランドで活躍していたDNAを子孫に伝えていけたのか……。これは、何も行川アイランドだけに限らない。大都会に位置しているレジャーランドだって言える。東京界隈だって向ヶ丘遊園や多摩テック、横浜ドリームランドが閉園しているのだ。東京一極集中が隠れた社会問題になっている昨今でも、この様なのだから。後楽園ゆうえんちも葛西臨海水族園もあり得ることだ。「人が一杯住んでいるから」という何処か他力本願的志向で経営してしまっては、「兵どもが夢の跡」になってしまう。判ったか、都知事殿!
さぁ、安房鴨川に到着したか……。
上は閉園12年経った旧行川アイランド。
中は新設された行川アイランド駅。
下は旧行川アイランド駅。 |
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安房鴨川。蘇我から岐れた内房線と外房線が再会する場所。終点ではなく中継地として扱われているが、直通列車は1本も無い。
ホームに「リゾートあわトレイン」の表示があった。定期列車の表示より小さな表示で、臨時列車だと一発で判る。13時25分発だから、約1時間10分時間がある。そうだね。鴨川シーワールドは無理でも、近くの横渚海水浴場でも立ち寄るとするか。
マリンスポーツを娯しむ人や鴨川シーワールドに立ち寄る人で賑わう安房鴨川駅からまっすぐ行くと、横渚海水浴場に着くのだが、長距離バス発着地が近いこともあり、片側1車線の道路は自棄に賑やかだ。海に繋がる道を歩く。季節営業の民宿やシャワー室を併設してある商店が建ち並んで、安房鴨川が海で殷賑を保っていることが判るのだが、道路には海水浴場が近い証しになるサラサラの砂が撒かれていた。こうやって歩いているだけでも、長生の一松海岸を思い出してしまう。水路か川か判別が付かない澱んだ川を渡り、短い隧道を抜けると、道路に砂が目立ち始める。そして、一松海岸に着く。遊泳不適の為、海岸は流木が目立ち、ビーチサンダルが不可欠品だった。
そんな昔を回想している内に、T字路に差し掛かり、両脇は公園やリゾートマンションが林立していた。公園では子供達が海水浴場前なのか後なのか、溌剌とした動きで、遊具で遊んでいた。帽子も被っていないのに、元気だねぇ。痩身に堪える暑さに辟易している私には、呆れに近い関心しか持てなかった。また額に浮かぶ汗をハンカチで拭いた。
そして、横渚海水浴場。勝浦の時より遥かに広く、景観をぶち毀す物は殆ど無かった。(良い意味で)あるとすれば、左側にあるリゾートマンション位だ。東京から近いし、眺望も良さそうだし、ちょっとした別荘として使われているのかな。また、海水浴客にも変化があった。バーベキューを娯しむ家族連れがいたのだ。調理は家庭のようには行かないが、この晴れ渡った場所で頂くバーベキューは格別だ。あのホテルでノホホンとしている家族連れに見せてやりたいわ。「これが、本当の贅沢だ」とね。
此処でも、華やかな水着を見た若者がいた。ふと思い出した3日前の館山の北条海岸。私には海水浴場で娯しそうに過ごす時は無かったな。振り向けば三十路のど真ん中。翌年は年男だよ。馬の如く飛躍の年にしたい気は強いが、下手して世間の年齢の定規に当てはまらない自由奔放に走り回る馬では困るな。これじゃ、飼い主は殆ど見付からないし、パートナーも見付からないだろうな。とんでもない暴れ馬だな、私って。
気を取り直して。勝浦では1軒しかなかった海の家が2軒程あった。その内の1軒は、今年の流行語がふんだんに取り入れた人の心理をくすぐる店だった。「今でしょ」だの、「ワイルド」だの、なかなか面白いな。大喜利だったら、まず座布団1枚上げたい。中を覗くと海水浴客で賑わっていて、スタッフが休む暇無く、調理や配膳を行っている。海水浴したい気持ちも読み取れた。スタッフが時折海を眺めた時の表情が、何とも羨ましそうに見えた。こんな良い天気なのに、海水浴が出来ないなんて……。さて、此処でかき氷でもと思ったら、服装を見て瞬時に立ち去った。靴は普通の靴で、肩掛けの鞄を携えて、海水浴場を何のあてもなくフラフラしているだけの男だ。怪しまれること間違いなし! 引き返すなら何時なのだ? 今でしょ!
なんちゃって、お粗末でした。
〆の一句。
「今でしょ」と流行りで誘う海の家
写真は鴨川横渚海水浴場。 |
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安房鴨川駅に戻り、今度は反対側に向かった。しかし、この安房鴨川駅は使い勝手が悪過ぎる。利用したことがある方は判るのだが、出口が東口しか無く、私が向かう西口に向かう時は、一旦東口に出て、傍にある跨線橋で西口に渡るのだ。「西口にも駅の出入口を設ければいいのに」と思うのだが、西口には列車の引上線(回送列車等を待機させる場所)が設けられていて、すぐ目の前にはタクシープールとショッピングセンターがあるので、設けられない。それなのに、鴨川シーワールドの送迎バスがあるのは、本当に滑稽に見える。案内を見なければ、1キロ近い道程を歩かされる羽目になる。
それにしても、暑いな。涼むがてら、ショッピングセンターに入るか。
ショッピングセンターは冷房が利いていて、ほんの1分で汗が引く。さて、「リゾートあわトレイン」で飲む飲み物でも探すか。と、ノンアルコール黒麦酒が目に付いた。これにするか。
駅に戻ると、安房天津側から列車が来た。「なのはな」号と名付けられているお座敷列車だった。私はお座敷列車が余り好きではないので、憮然として入線を見届けた。でも、当日で指定券が取れた幸運を喜ばなくては、外房を旅したことが馬鹿らしくなるので、景色だけ頂くとするか。
海側の席に身を沈めて、東京駅で買った国産牛をふんだんに使った牛めしとノンアルコール黒麦酒をテーブルに広げたら、ホームではゆるキャラと記念写真を撮っている乗客が多かった。昨今多くなっているね、ゆるキャラは。だけど、この内5年後、10年後生き残っているゆるキャラはどの位いるのだろうか? 地麦酒のように脈絡も無しに「前へ倣え」の如く造られた、一過性のブームは御免だね。
出発前からノンアルコール黒麦酒を開けて、一口啜った。すると、鴨川のゆるキャラ(鯛を模した)たいよう君がいて、乗客を見送っていた。その見送りに応えるかのように2口目の黒麦酒を啜った。さて、牛めしでも頂くか。向こう側には家族連れが座っていて、子供達は滅多に見られない海の景色に興奮して、車窓に齧り付いていた。普通の電車と違う列車に驚きを隠せずにいた。母親に許しを得て、牛めしを頬張った。前の乗客は豪勢に500ミリリットルの麦酒を豪快に啜りながら、酒肴(しゅこう)を抓んでいた。こっちはノンアルコール黒麦酒。高級感は黒麦酒の方が高そうだが、深く考えないようにしよう!
牛肉と煮染めた蕨、割った枝豆が振り掛けられていて、端には紅生姜が添えられている牛めしを頬張りながら、太海に向かった。太海には仁右衛門島という個人所有の島があり、源頼朝や日蓮大聖人ゆかりの島として、ちょっとした観光名所になっている。車窓からでは小さな民家が海を遮っていて見えなかった。
太海を発って、江見に向かう途中で、海が見えてきた。でも、民家の狭間でチラチラ見える程度で、爽快感は薄い。デジタルカメラで撮ったのだが、やはりシックリ来ない。何時になったら絶景ポイントにぶつかるんだ。こっちは牛めしを平らげて、冷たさが弱くなり掛けているノンアルコール黒麦酒を啜って待っているのだ。干す前に来て頂戴!
その願いが叶ったのか、段々海が広くなってきた。デジタルカメラで撮ったが、前よりは様になっているが、もうちょっと欲しいな。家族連れはそんな海を無邪気に眺めて、歓声を上げていたし、他の乗客も首は海側に向いていた。本当に「リゾートあわトレイン」だ。
あれ? 前の乗客は何処かで見た気がするな。あぁ、上総一ノ宮駅で「リゾートあわトレイン」の指定券を出していた五十路らしいおじさんではないか。この列車内でバッタリ会うことは先述の通り珍しくはないが、同じ車両に乗り合わせていたとは。私は勝浦で寄り道をしていたが、真逆此処で鉢合わせするとは……。鴨川まで向かって寄り道していたのか。いやはや、偶然とは何と恐ろしいことだ。偶然で冷やされたノンアルコール黒麦酒が喉に利いた。
海が段々近付いてきたな。デジタルカメラの出番が多くなってきた。デジタルカメラでの撮影の練習も兼ねて海を撮影している旅人がいれば、家族連れも負けじとデジタルカメラで、海を眺めながらはしゃいでいる子供達を撮っていた。そして、例のおじさんは首を海側に向けつつ、麦酒を啜っていた。「リゾート」とはいえ、娯しみ方は色々あるね。
岩場があり、遠浅の海が続いている箇所に来た頃、アナウンスが入った。絶景ポイントだ。この辺で減速してくれるのだ。本当に「リゾートあわトレイン」だ。乗客は一斉にその絶景ポイントに釘付けになった。都会では見られない景色が此処にはあるのだ。
車窓から見ても、底が判る程の透き通った海水は澄んだ青緑や緑色で、遠くで見える薄い群青色の美しさの対比が素晴らしかった。京葉線沿線でも、こんな素晴らしい海なんて見られないよ。しかも、波が殆どないので、その色の美しさに酔いしれることも出来るのだ。何色に酔いしれよう? 身体を軽やかに貫く青緑にするか、心身の穢れを一気に洗い流す緑色にするか、それとも、雄大の象徴大海の淡い群青色にするか。減速しているとはいえ、もう過ぎてしまうぞ。いっその事、3色全部頂いちゃえ! 当日予約で手に入れた幸運だ。躊躇いなく貰ってしまえ! 残りのノンアルコール黒麦酒を最後まで呷った。
デジタルカメラで出来栄えを調べた。周囲には民家が見られなかったので、もしも此処で泳ぐとなれば、至福の一時に尽きるだろう。勝浦や鴨川でも見られなかった海の美しさに思わずシャッターを押し続けた。でも、高架橋があるのが最大のマイナス点だ。これが無ければ、プライベートビーチとしての価値が最高値になるというのに。もうちょっと考えて道路を造って欲しいものだ!
和田浦では、捕鯨基地があるという事で、シロナガスクジラの骨格が駅前に展示されていた。下関の水族館海響館(かいきょうかん)で見たことがあるのだが、本当に大きいな。
千倉では17分停車。此処で地元グルメの販売が行われる。どんなグルメがあったかは忘れたが、暑さを癒やす為にドラゴンフルーツのシャーベットを買ったのは憶えている。最近出回りつつあるドラゴンフルーツだが、此処千倉で栽培できるのか。幾ら温暖とは言え、ドラゴンフルーツは東南アジアが原産だと聞く。1つ300円也。どんな色かと見たら、極彩色の明るい赤紫色だ。食欲が湧くか否かは、各々委ねるが。一口抓むと、色程くどくない甘さが口中に広がった。割と好きな甘さだ。旅路の貴重な甘味だ。
さて、此処から列車は海から離れ、山間の九重を通り、内房の館山に向かう。安房鴨川から乗車した家族連れは千倉で下車し、車内は殆ど乗客はいなかった。館山まで行く人はいないのかな。その疑問は車窓からの景色で一発で判った。海が見える景色から、何処でも見られそうな稲刈り前の田圃が広がり、リゾートと言うには程遠い景色が続いていたからだ。あの家族連れ同様、千倉で降りればよかったな。
写真は太海〜江見の絶景ポイント。 |
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