2019年2月2日 平成最後の花見は熱海から

(2019年2月2日) 「平成最後の花見」は熱海から

 の旅行記は、一つでも欠けていたら、一つの旅行記として成立できない。何故ならば、これが「平成最後の花見」となるからだ。そう、平成31年は僅か4ヶ月しかないからだ。この4ヶ月で私は、花見に行く。
 京界隈で、真っ先に桜の開花が告げられる場所は、何と私が推している熱海だ。昨年も熱海で桜を見たが、この時は鬱病を再発してしまい、その気持ちを晴らす為だった。しかし、今年は仕事がかなり上手く行っていることを少し祝う気持ちを持って向かった。でも、見えない落とし穴がありそうだから、用心第一! インフルエンザが流行している最中、中央特快で東京へ向かう私。
 スクをしながら、車窓を眺めると、ふと思い出した。
 ―熱海梅園で、磐梯熱海の名産品が当たる福引きで、最後の2番目に立ち、あさか米1キロを貰い、ミス磐梯熱海の2人とスリーショットを撮って貰えた幸運の代償は、グリーン車内でのインフルエンザだったな……。もう何年も前だが、そのことはよく憶えている。
 車窓からは、梅が少し咲いている光景が見られた。暦では2日後の2月4日が立春だが、いち早く春を知らせようとしている。何とも、いい光景だ。特に鬱病で、半年以上も無駄にした私にとっては、待望の春なのだから。

 春薄き綻ぶ梅に笑む東京(みやこ)

 川、国分寺、三鷹、中野と進んでいく内に、どんどん景色が住宅街ばかりで、その合間に枯れ葉を落とした木が寒そうに立っていて、殺風景になっていく。まだまだ東京は冬の真っ只中だな。悪いけど、いち早く春を迎えさせて頂くわね。許せよ。
 そして、季節の移ろいが全く判らない新宿に到着した。車窓から見える繁華街からは成功したら大金が稼げる匂いが、忌々しく感じた。この人達は、一体何で季節の移ろいを感じるのだろう。衣服や冷暖房といった人工的な物で感じるとなると、心が貧しくなりそうだ。東京一極集中が止まらない昨今、こういった心の貧しさが助長されて、殺伐とした事件が収まらないといった結果を出してしまった、大都会東京。新宿での乗降客の無表情さを何とかして欲しい。東京一極集中は地方だけの問題ではなく、東京の問題でもある。全く、この問題を直視しない東京都に、激しい憤りを覚えずにはいられない。



(2019年2月2日) 東京駅で別れた「踊り子」

 京駅に到着寸前に、東海道本線ホームに特急「踊り子」で用いられる185系が停車していた。ある情報だと、新車両に切り替えられるそうなので、今撮っておかないと。鉄道ファンの血が疼き始めた。時間を見ると、出発2〜3分前だ。熱海の観桜の前に、博打を打つことになった。
 もしかしたら撮れるかと、急いで東海道本線ホームに向かったら、特急「踊り子」はホームを発って間もない位置を走っていた。ほんの僅かな時間で、チャンスを逃がすなんて……。私は悔しそうに指を鳴らした。でも、特急「踊り子」は、熱海に停車するから、熱海で出会える可能性が高い。此処は、先に立った特急「踊り子」に勝ちを譲るか。
 店で、ヒレカツサンドと無糖紅茶、烏龍茶を買って、普通列車が停車する東海道本線ホームに立った。勿論、グリーン車で。
 しかし、上野東京ライン開業で、東北本線・高崎線と直通運転になったことで、東京駅でグリーン車に難無く乗れることはなくなった。先程、10時39分発を1本見送ったが、グリーン車はいい混み具合だった。行き先は熱海。ハハァ、私より先に春を迎えようとしているな。だがな、半年以上鬱病に痩身を削られ、零落れた私でも旅を愛する気持ちは全く衰えていない。だから、美味しい所は頂くからな!
 10時49分の熱海行きが到着した。私は不敵の笑みを浮かべながら、満開状態になっている熱海桜を期待した。この博打は、何としてでも勝たなくてはいけない。
 座ったのは、進行方向の右側。判り易く言えば、相模湾と反対側。いい具合にグリーン車は埋まっている。行き先は差し詰め、熱海だろう。温泉と一緒に満開の熱海桜を狙おうとしているな。美味しい所は頂くぞ! 勝負前の烏龍茶を一啜り。



(2019年2月2日) 出逢いの鶴見駅、別れの横浜駅

 品川や鉄道唱歌を聴きながら熱海桜に春を求むる

 川駅の『鉄道唱歌』のメロディーを聴いて、多摩川を渡り、鶴見付近で逗子行きの横須賀線に出会った。どっちが横浜に早く停車するかな? そんな競走を間近に見ながら、鶴見を通過した。府中本町から延びている武蔵野線(貨物線)の本当の営業区間は此処鶴見だが、停車するのは京浜東北線の電車のみ。高架上では、鶴見線ホームがその競争を傍観していた。
 鶴見〜横浜の競走は続く。抜いたり抜かれたりしているが、たまたまグリーン車に乗っていた親子連れが手を振っていた。滅多に乗れないグリーン車でのお出掛けだろう。手を振る子供の表情が明るかった。四十路の独身貴族だが、返さない訳にはいかない。此処で、『8時だよ! 全員集合』でいかりや長介さんがやっていた「オィーッス」を返した。子供達には判らないと思うけど、親御さんはどうかな? 四十路の私でも、テレビで見られたのはほんの数年だったからな。親子連れから見ると、「変な返し方」と首を傾げているだろう。時の流れは何と恐ろしい! 啜った烏龍茶の冷たさが、鋭く痩身を貫通した。

 逗子行きのグリーン車内で手を振る子滅多に乗れぬ嬉しさ伝わる

 浜到着。同時到着だな。しかし、相見えるのは横浜が最後だ。横須賀線は途中の保土ヶ谷、東戸塚に停車するが、東海道本線はこの2駅を通過する。あの親子連れは何処へ行くのかな? 鎌倉かな。
 名も知らぬ親子連れに別れを告げて、東海道本線は戸塚に発った。

 写真は併走した横須賀線。



(2019年2月2日) 湘南を駆け巡る熱海行き



 土ヶ谷、東戸塚のホームを擦り抜けて、車窓を見ると、大都会横浜の郊外が見えたが、これが何とも面白い。住宅地の間近に森林や竹林が迫っていたりして、ちょっとした田舎の光景が見えるのだ。(東京〜高尾に限り)中央本線では殆ど見られない光景だ。此処も横浜市とは、思わず首を傾げてしまいそうだ。大都会横浜にとっては、四季の移ろいが感じられる貴重な場所だ。時折休閑中の畑も見えるから、尚更だ。横浜には横浜港、中華街、高級住宅街の山手等色々あるが、此処も横浜なのだ。
 やがて、車窓の向こうから白亜の物体が見え始めたら、大船に到着だ。
 船で連想するのは、松竹撮影所だ。此処で『男はつらいよ』を撮影したのだ。そして、そのテーマパーク「鎌倉シネマワールド」があり、『男はつらいよ』の世界が広がっていて、寅さんファンの私は目を輝かせていた(因みに、そのテーマパークに入ったのは、渥美清氏の訃報が届いた翌日だった。実際に亡くなったのは1996年の8月4日で、その訃報が届いたのは8月7日だった)。しかし、1998年に閉館になってしまい、おまけに撮影所も閉鎖されてしまい、大船は単に横須賀方面と熱海方面、そして根岸線を捌く単なるターミナル駅に成り下がってしまった。
 船を発つと、先程の白亜の物体の正体が見える。
 大船観音だ。駅近くに大船観音があるのだ。架線が引かれているので、綺麗には撮れないが、熱海へ向かう東海道本線の乗客を見送っている感じだ。噂に因ると、東南アジアから来た外国人観光客に受けているそうだが、こんなに大きい観音様だ。御利益があるのだろう。縁があったら向かうか。
 びたポイントや線路が残されている湘南貨物駅跡を撮り、暫く車窓を眺める。
 ―こんな遠出をしたのは、本当に久し振りだな……。昨年はずっと療養していたから、精々川越まつりしか行けなかった。復興の年、復興の年を銘打っておきながら、殆ど復興できなかったこの2年間は、本当に苦しかった。失う物も多かったが、得るものも多かった。その得た物を大事にして、復興の槌音を響かせたい。私の復興はこれからだ。四十路なんて、まだまだ若い範疇だ。胸を張って進め、四十路の若人よ! 啜る烏龍茶の冷たさが爽やかだった。
 塚が近付いてくると、マンションの向こう側に富士山が見えてくる。すかさず、私のデジタルカメラが稼働した。しかし、いざ構えてみると、畜生。多くの建物が平気で邪魔して、シャッターチャンスが掴めない。
 そして、相模川を渡る時に、シャッターチャンスが掴めた。余り拡大できなかったが、富士山は撮れた。そして、平塚に到着した。

 相模川雪化粧の富士の山撮りて平塚七夕の歌

 塚に程近い相模貨物駅を撮っていたら、遠くから特急列車が見えてきた。特急「ワイドビュー踊り子」だ。景色がよく見えるように、窓を大きくしたから「ワイドビュー」の名が付けられているが、全席指定席なのが少々癪だ。幾ら、窓を大きくしても、見える景色に何ら変わりは無いし、いい景色があっても撮れない時は撮れないのだ。上手く、シャッターを構えて、先頭部分を上手く撮った。
 車窓から見える富士山を何度も撮りながら、国府津に到着した。国府津を発っても、富士山は何度も撮れ、色取り取りのコンテナが寂しく置かれている西湘貨物駅も撮れた。

 西湘の春は何処か鳶かな
 鴨宮富士山仰ぐ行く温泉(いでゆ)

 田原を過ぎると、シャッターチャンスは反対になる。そう、相模湾が間近に見られるのだ。反対側の席に座っている乗客はブラインドを開けて、間近に迫る相模湾を撮っていた。反対に私が座っている方は、柑橘類が生っている段々畑が続いている。こちらも負けじと、段々畑を撮ろうとしたが、いい絵になる所が見付からず、残り少ない烏龍茶を啜る他なかった。
 結局、私も相模湾を撮ることになって、烏龍茶を干して、熱海へ向かった。

 柑橘の香り誘われ桜咲く

 上は大船を発った直後に見られる大船観音。
 中は相模川を渡る直前に見えた富士山。
 下は平塚を発って、偶然撮れた特急「ワイドビュー踊り子」。



(2019年2月2日) 奇跡の温泉街での足湯


 海。東京の奥座敷として有名な温泉地。かつては新婚旅行のメッカとして賑わったが、嗜好の変化により凋落を余儀なくされた。しかし、地元住民の意識改革や方向転換が功を奏し、息を吹き返した奇跡の温泉街でもある。
 装された熱海駅駅舎は、老若男女で賑わっていて、此処が凋落していた熱海なのかと疑ってしまう。しかし、これが現実なのだ。意識改革や方向転換が上手く行けば、地方は復興できるいい証拠だ。こうやって、大好きな熱海が見事復興できた嬉しさは、計り知れない。私もこうやって復興を遂げられたらいいな、と思いつつ足湯に浸かった。2時間以上も靴を履き続けていたので、足湯は本当に気持ちよかった。
 足湯に浸かりながら、周囲を見ると、老若男女で賑わっていたことは確かだが、熱海桜が満開の情報がネットで流されているので、目的は熱海桜なのだろう。前にも言ったが、美味しい所は頂くから。
 それにしても、足湯は気持ちいいなぁ……。NPO法人の就労移行支援事業での仕事が上手く行っているからかな……。でも、私は首を横に振った。「好事魔多し」だ。落とし穴に気を付けろよ。

 足湯にて桜を希う熱海かな吹きし北風妙に涼しや

 海駅から熱海桜が咲いている糸川へ向かうには、2つの商店街に岐れる。平和通り名店街と仲見世商店街だ。どの商店街も駅に繋がるので人の往来が多く、多くの土産物屋や飲食店が並んでいる。
 私はその中の仲見世商店街を歩いた。入口に更級そば屋があるから、時間もいいから昼餉でも摂るか。と思ったら、行列があった。参ったなぁ。昼餉にそんなに時間を掛ける訳にも行かないから、此処は見送った。何かこの店は縁が薄い感じがするんだよね。
 見世商店街を抜けると、暫く坂道が続く。下りの坂だが、帰る時は疲れた脚をいたわりながら帰ることになるのだ。幾ら復興を遂げても、この坂だけはどうにもならない。
 それにしても、空腹だ。グリーン車での烏龍茶だけでは、燃料不足だ。ヒレカツサンドがあるが、これは熱海桜を見ながらの品だから、今此処で頂く訳にはいかない。と、店を散策する。坂を下っていく観光客を追い越しながら。

 此処熱海老若男女の交流戦桜か梅か何処も贅沢

 、入ったのは、昨年に熱海桜を見た時、帰路に立ち寄ったそば屋だった。偶然だろうか? そんな思いを過ぎらせながら、格子戸を開けた。
 店内は昼時だから、混んでいた。丁度、私が座った座敷席では、後片付けの最中だった。今は、熱海桜が満開だから、いい稼ぎ時だろう。このそば屋も熱海の凋落を乗り越えて、今日も営業しているのだ。不屈の精神を見習わなくては!
 此処で、普通にせいろ盛りを啜った。1050円也。今までは安かった感じだが、今回は鐚一文すら無駄には出来ない所為か、味が何時もより深かった。仕事がかなり上手く行っていることを祝っている感じだな、コリャ。
 そんな訳で、美味しく頂きました。

 上は平和通り名店街。
 下は仲見世商店街。何れも、熱海駅からサンビーチへ向かう道だ。



(2019年2月2日) 大人気の大福と静岡茶


 た、坂を下った。しかし、私の歩調は妙に速かった。
 その理由は、坂の途中にある和菓子屋にある。その店で、この時期になると売られている「紅ほっぺ」という品種の苺と練乳の餡を餅で包んだ大福が、べらぼうに美味しいのだ。来客の大半はこの大福を求め、閉店前には必ず売り切れになるという品。今回は早めに来たから、売り切れることはないと思うが、それでも歩調は速いまま。昨年は、宅配で手に入れたが、宅配代金も無駄には出来ないので、あって欲しい。
 そして、その店に入り、その大福が置かれている冷蔵庫を覗いた。数人の客が、その大福と一緒に置かれてある草餅を選んでいた。さて、あるか否か、いざ勝負! 熱海桜を見る前に、博打を打った。
 …………あった!! 思わずガッツポーズを取った。一杯ある。早めに来た甲斐があったのだ。さて、何個入りを買おうか? 見た所、5個入りしかなかった。値段は1380円也。どうしよう。結構行くな……。鐚一文も無駄にしたくない状況なのに。隣にあった5個入りの草餅を籠に入れて思案すること約3分。
 今まで、療養中で苦しい思いをしたな。でも、今は何とか心身のバランスが保てて旅行している。責めて、無事に熱海に来られたことをささやかながら祝うとするか。お金を無駄にしなくても、祝うことが出来るからな。
 5個入りの大福を買うことにした。序でに、もう1個買った。
 この和菓子屋は買った和菓子を静岡茶を啜りながら、頂くことが出来るのだ。丁度、熱海の海が見える場所が空いているから、そこに座って大福を抓むとするか。
 はルンルン気分で、そこにあるベンチに座り、静岡茶を淹れた。気分が良いから、ついフーテンの寅さんの口上を呟いてしまった。
「たこはイボイボ、鶏ゃ二十歳、芋虫は十九で嫁に行く……。」駄目だ、駄目だ。調子に乗ると、落とし穴があるからな。此処は気を落ち着かせないと……。自制を効かせながら、大福のフィルムを剥いた。
 そして、その大福を思い切り齧り付いた。苺の甘酸っぱさと練乳の甘さが見事の調和している。そこに餅が入ることによって、その甘さが加減される。涙が出る程、美味しいなぁ。昨年はずっと療養していたから、尚更だ。
 そして、そこからの眺望を堪能する。
 晴れた空、青い海。そして、そこに桜が加わると、良い冬の贅沢になるのだ。と思い、下に視線をやると、凋落時代の熱海の残骸がまだ残っている。あの辺は有名ホテルが建っていた場所だから、もし今日まであったら、眺望が遮られて、この場所にベンチは置かないし、客の入りも少ない。いい眺望がある場所の和菓子屋だから、ベンチが置かれているだろうが、まだあの場所は手付かずだと思うと、「兵どもが夢の跡」でも言えばいいのか、「凋落時代の熱海の遺産」と言えばいいのか……。とにかく、難しい問題なのよね。
 その問題を脇に避けて、静岡茶を啜ったら、程良い渋みが口中を走った。甘い大福を頂いた後だから、味覚を直すには丁度よい。
 例の大福が無事手に入った嬉しさなのか、惜しげもなく2口で平らげた。そして、静岡茶をゆっくり啜って、安堵の溜息を漏らした。

 上は売り切れ必至の紅ほっぺを練乳と餅で包んだ大福。
 下は購入した店から見える熱海の海。



(2019年2月2日) 熱海桜と剣劇



 して、また急な下り坂を歩いた。その坂の途中で、僅かに咲いている熱海桜があった。糸川界隈は満開というのは、事実だな。そう信じよう。
 坂が終わると飲食店や和菓子屋、パチンコ屋が並ぶ繁華街になっている。熱海桜満開の時期になると、方々で観光客の姿が目立つ。余程、春が恋しいのだなぁ。況してや、平成は今年の4月一杯で終わるのだから、私同様「平成最後の花見」と銘打って、観桜しに来たのだろう。
 私の脚は着実に糸川に向かっている。いよいよ、この博打の瀬戸際だ。私の痩身の鼓動が昂ぶり始めた。
 さぁ、いざ勝負!!
 線に桃色の桜が入ってきた。そして、多くの観光客が写真を撮っていた。
 ……勝ったのだ。この博打は勝ったのだ。
 私は嬉しそうに笑った。腹の底から笑った。東京よりも早く春を迎えることが出来たのだ
 して、糸川に到着した。両側には熱海桜が植わっていて、満開の様を呈していた。私の暦は2日早く春を迎えた。この日が私の立春だ。復興の槌音を響かせている四十路の独身貴族に前途洋々あれ!
 日早く立春を迎えた私は、満開の熱海桜を何枚も撮り続けた。美味しい所は頂く気だ。痩身の旅人とは表の顔。裏に回れば、美味しい所は頂く怪盗ルパンと言った所かな。
 嗚呼、なんて素晴らしいのだろう。満開の熱海桜は、復興の槌音を響かせている私を快く歓迎している。歩調が止まって、デジタルカメラに手が伸びる。美味しい所があったら、すかさず撮る。
 歩いて止まってを繰り返す内に、メインのドラゴン橋に着いた。何かが催されているのか、人集りが凄かった。
  劇のパフォーマンスだった。と言っても、チャンバラみたいな幼稚で野蛮さは無く、日本刀の鋭さと相俟って、殺陣の一つ一つが芸術のように見える凛々しい剣劇だ。
 何かの縁だ。見ていくか。
 殺陣を見ていると、路地に臙脂色の服を纏い、丸い帽子を被ったミス熱海梅園が待機していた。このパフォーマンスが終わると、ミス熱海梅園が出演するのかな? もしかしたら、ツーショットが撮れるのか? このパフォーマンスが終わったら、暫く待つとするか。
 劇のパフォーマンスが終わり、拍手喝采。そして、見物客はドラゴン橋で満開の熱海桜を撮り始めた。この辺が一番の熱海桜の見所なのだが、美味しい所はすぐに取られてしまう。どうも、ミス熱海梅園の存在が引っ掛かってしまって、迂闊に動けないのだ。しかも、同じ場所でパフォーマーと一緒に記念撮影しているので、尚更だ。路地を見ても動きはない。此処で、ジッとしていては不審者と間違われるのは心外なので、暫く熱海桜でも撮っておくか。
 すると、パフォーマーと一緒に記念撮影している人が近くに来た。まずは、これから撮るか!
 家族連れの記念撮影が終わり、出番が私に回ってきた。
 処で私は模造刀を握り締めた。痩身に力が漲っていく。
 さぁ、怪盗ルパンから何になろうか。『忠臣蔵』の大石内蔵助か、『暴れん坊将軍』の将軍吉宗公か、『遠山の金さん』の遠山金四郎か……。
 これを握ると、故松方弘樹さんを思い出してしまう。天国でも、勧善懲悪の時代劇で日本刀を握り締めて、悪と戦っているのかな。この私も時折襲ってくる鬱病を、この模造刀で斬り捨ててやる。松方弘樹さん、鬱病を日本刀で斬り捨てる私を見守って下さい!

 満開の熱海桜。下はドラゴン橋で、「桜を愛でるドラゴン」と称して、1枚撮った。



(2019年2月2日) 『恋人の聖地』と『moonfesta』


 道にいるミス熱海梅園を横目にして、また糸川沿いを歩いて、熱海桜を撮り続けると、サンビーチ脇にあるヨットハーバーに着く。
 此処で鴎の群れの歓迎を受けた。歓迎を受けている観光客は、鴎の歓迎の舞を写真に収めていた。観桜の次は鴎の舞なんて贅沢な嗜好だこと。しかも、潮風が熱海桜が咲いている所まで届き、熱海独特の雰囲気を醸し出している。潮風を吸いながらの観桜なんて、これもまた贅沢だ。東京界隈でいち早く桜が咲く熱海、そしてサンビーチがある熱海の2つがあってこそのことだ。潮風に縁が無い八王子から来たのだ。存分に吸っておこう。しょっぱい感触が、鼻や口に届いた。

 潮の香が届く桜の熱海かな

 の群れの歓迎を受けて、ヨットハーバーを歩くと、ムーンテラスがある。此処にも観光客が一杯いて、熱海の海を眺めていた。丁度、真ん中には『恋人の聖地』と銘打って、手形がある石が置かれている。男性は左手、女性は右手で、交差するようになっていて、その格好故、『恋人の聖地』と呼ばれているのだ。例え一人で来ても、その手形に手を置くと、相手が現れるそうである。私の場合は結婚相手かな? 四十路の独身貴族になると、段々焦りを感じてしまう。孤独死が社会問題になっている昨今、これだけは絶対避けたい。復興の槌音を響かせている四十路の独身貴族にも、必ず結婚できる。そう信じたい!
 私はその『恋人の聖地』で、左手を合わせた後、ムーンテラスを撮った。
 丁度、Kalafinaの曲に『moonfesta』という曲があり、夜になったらその雰囲気が出るのかなと思い、途中糸川の夜桜を撮ったりして、夜まで粘ったな。夜になると、青い灯りがムーンテラスを取り囲む如く点り始めて、恋人の聖地が下から照らされていて、如何にも『moonfesta』の世界のようだった。受け取り方は色々あるが、私は『moonfesta』の世界に相応しいと感じる。

 上は熱海の海を飛ぶ鴎。
 下はムーンテラス。



(2019年2月2日) 早い帰路



 計を見たら、14時35分前後。帰るにはまだ早いが、鐚一文も無駄にしたくない気持ちが強かったので、帰路に赴いた。
 その途中で糸川の河岸を歩く、白い鳩に会った。よく結婚式等で、飛ばされる幸運の象徴の鳩だ。巧い所を撮ったが、さてどんな幸運に恵まれるのか。剣劇を見た最中に、脇で待機していたミス熱海梅園が出てくるのかな? と思い、ドラゴン橋に向かったら、ミス熱海梅園は既に此処を去っていた。2015年にツーショットを撮って貰ったのだが、それは一瞬の幸せに過ぎないのかな……。その白い鳩は、一瞬の幸せをもたらしてくれるチンケな存在ではないかも知れない。復興の槌音が続き、遠き夢を現実にしてくれる存在なのだろう。さぁ、遠き夢が現実になるのは、何時になることなのだろう?
 い坂道を上り続ける。此処で林檎や蜜柑を落としたら、とんでもないことになりそうだなと思いつつ、先程立ち寄った和菓子屋に入った。あの大福があるかどうかを確かめたいのだ。この時間帯だと、大抵売り切れている筈だ。
 案の定、5個入りは既に売り切れていて、1個入りしか残っていなかった。それも十数個程。やはり、早めに来てよかったな。色々和菓子を選ぶ観光客を尻目に、5個入りが買えた嬉しさをひた隠して、足取り軽く店を出た。そして、ダラダラ続く坂道を上り始めた。
 だけど、この坂は疲れるな。「行きはよいよい、帰りは怖い」の民謡『とうりゃんせ』ではあるまいし。既に暑くなってきたから、マフラーも外して、コートも前を外しているが、脚だけはしっかりしている。足湯に入ったお陰なのか、四十路ながら若者の範疇にいるのか? 嬉しいのは後者だが、何時まで名乗れるのやら……。
 中の魚の干物を扱っている土産物屋では、さんまを天日干しにしていたり、七輪で烏賊を焼いていたりして、観光客の気を惹かせていた。坂道を歩いて、脚が疲れた観光客にとっては、いい休憩場所だ。焼きたての烏賊を旨そうに抓んでいた。
 ちょっと、休憩していくか。値は張るが酒肴にピッタリなからすみを手に取りながら、烏賊を焼いているおばあさんに聞いた。
「焼いて出しますから、時間が掛かるますよ。いいですか?」
「大丈夫ですよ。時間は一杯ありますから。」と言うことで、私も焼き烏賊を頼むことにした。250円也。但し、夜店で出ている胴体丸ごとやゲソではなく、胴体の頭の部分を焼いて売っているのだ。
 はさんまを天日干しにしている柵の隣のベンチに座った。身が締まっていて、脂が少ないさんまだった。開きにして売るのかな? 母方の故郷の近く尾鷲でもさんまが捕れるが、黒潮に逆流しているから、脂は少なく身が細い。だから、さんま寿司に使われるのだ。握り寿司ではなく、樽に寿司飯とさんまを交互に入れ、重石をし発酵させた寿司だ。相当の年月を経ると、まるでヨーグルトみたいにトロトロになると聞いているけれど、匂いに好き嫌いが分かれる。私は苦手な方だ。新宮辺りになると、「なれずし」と言って郷土料理になるが、新宮も寂れているから、そのなれずしを出す店がどんどん減ってきていて、存亡の危機に立たされている。東京一極集中の弊害が赤裸々になっている昨今、消えていく食文化や民芸品があるのをお忘れなく。東京の郷土料理は一体何なのだ? 南青山や六本木界隈で出される高級フレンチかイタリアンか……。「馬鹿」が付く程虚しい……。
 難しい話を脳裏に過ぎらせている内に、烏賊が焼き上がった。時間は丁度おやつ時。観桜後のおやつだな。早速、焼き立ての烏賊に齧り付いた。肉厚で弾力のある烏賊に大満足! 一気に、坂道を上がった疲れが吹き飛んだ。ヘッヘッヘッ、まだ若い証拠なのかな? こうやって海の幸のおやつを平らげた。

 烏賊を食む観桜帰りのおやつかな

 上は偶然撮った白い鳩。
 中は天日干しにしているさんま。
 下はおやつ代わりの烏賊焼き。



(2019年2月2日) 帰路の酒肴はヒレカツサンド

 は足取り軽く、平和通り名店街に入った。此処でも、坂道が続いているが、色々な店やホテルがあって往来が多い。しかし、私はその店を無視して、坂道を上り続けた。観光客を見ると、満開の熱海桜を見に来た人は、どの位いるのかな。もしかしたら、来宮神社に参拝して、熱海梅園に行って、見なかった人もいるかも知れないな。勿体ないな。折角、熱海桜が満開になっているというのに。梅と桜が両得する贅沢が出来るというのに。観光コースは各々違うから、王道と言えるコースはないので、私があれこれ言える身分ではないが、十分に東京より一足早く春を迎えた熱海を堪能すればいいのだ。
 和通り名店街が終わり、熱海駅が見えた。その右脇にある土産屋で、足が止まった。何時もこの土産屋でカワハギを買うのだが、今回は何と、ホタテの紐に目が行った。これも先程のからすみ同様、いい酒肴になるのだが、今は鐚一文も無駄には出来ない状況だからな。しかも、大福と草餅があるではないか。しかも5個も買ったから、今の状況から見るとこれでも贅沢な土産ではないか。売り切れ必至の大福が手に入ったのだから、その幸運に感謝しないと。これ以上の贅沢を望むな! 私は自制を利かせて、その場を去った。
 熱海駅に入ったが、近隣の農家が作った蜜柑や餅、静岡に店を構える菓子店の美味しそうな菓子が、私の足を止めるのだ。しかし、大福と草餅が入った紙袋を見て、巧く自制を効かせて、改札を潜った。
 して、グリーン車に乗った。鞄を覗くと、東京駅で買ったヒレカツサンドと、糸川に向かう途中で買ったノンアルコールビールがあった。本当は、熱海桜が咲いている糸川沿いにあるドラゴン橋で、観桜しながら頂く予定だったが、あの剣劇と饗された静岡茶、そして、多くの観光客で場所が確保できなかった。結局、この2品は、グリーン車での軽食になってしまった。
 私は、ノンアルコールビールを啜りながら、ヒレカツサンドを抓んだ。
 これを「平成最後の花見」にしたくない。続けて第2章を作りたい。その為には心身のバランスを整えて、無理をしないで仕事に臨むことだ。そう思い、一足早い春を身に纏った旅人は、東京へ戻った。





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