(2019年4月6日) 「平成最後の花見」は小江戸川越で |
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菜の花と桜の出迎えを受け、もう一回、私は本川越駅に降り立った。
4月6日。いよいよ、桜の開花が聞かれる時だ。
本当は3月末に伊勢志摩と名古屋を回って、花見を娯しもうとしたのだが、天気が思わしくなかったのと、予算が整わなかったので、ご破算となった。まぁ、就労移行支援事業の賃金を上手くやりくりしても、クレジットカードのリボ払いがあるから、無理はないが。
今回が「平成最後の花見」となる。真逆、「平成最後の花見」が小江戸川越になるとは、思っても見なかった。3月末に中院と喜多院で枝垂れ桜を見たから、お花見は済んだはずだが、この時期になると新河岸川や喜多院の桜が満開となるので、観光客がドッと来る。おまけに天気もいいから、観光客を迎える店の意気込みは相当高いだろう。
3月同様、郊外のレストランで昼餉を摂った。
また3月同様、此処にも家族連れがいて、ふと後僅かな平成を回想した。
暦を見ると、今日を入れて24日だ。5月から「令和」が始まる。私は食前の紅茶を啜って、去り行く平成と遠離る昭和を回想した。
昭和の最後に登場した物は平成で無くなったり、姿を変えたりした。労働環境や結婚条件、人々の心の豊かさは平成でかなり悪くなり、色々な所で歪みが生じ、まさに「一寸先は闇」という言葉が似合ったな。
平成は30年4ヶ月あったというのに、私の左手の薬指は、何時の間にか痩せ細って冷たくなってきた。年下が次々と結婚し、子供を連れている姿を見ていると、複雑な気分になってくる。今、通っている就労移行支援事業に私が川越在住時から北に住んでいる年下の女性が、妊娠しているから尚更だ。「縁は異なもの味なもの」と言うが、気持ちは何処か複雑だ。取り残された気分で、未だ独身貴族から卒業できない。願わくば、令和で結婚して、私の子供を小江戸川越に連れて行きたい。まぁ、昭和生まれのささやかな願いだな。
家族連れの賑やかな会話は、痩身の身の耳に届いた。この子は、岩倉具視の500円札はおろか、「8時だよ! 全員集合」、「ドリフ大爆笑」なんか知らないだろう。底の知れた浅い笑いしかない番組しか知らなかったら、先述の2番組を見せてやりたいな。私の子供にも見せてやりたいな。私は哀しく嗤いながら、紅茶を啜った。
此処で、ライスと味噌汁付きのハンバーグランチセットを頂いた。
ハンバーグか……。昭和生まれでも平成生まれでもご馳走だ。令和でもご馳走になるのかな……。暖衣飽食が当たり前の世の中だからこそ、こういうご馳走を有り難く思わなくてはダメなのだ。 |
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喜多院前バス停で降りた。そして、枝垂れ桜がある中院へ向かった。
中院の前で踵が止まった。
桜が見事に咲いていた。道路には桜吹雪が落ちていて、今が見頃を知らせていた。
当たったな……。私は笑みを見せて、中院へ入った。
手入れが行き届いている中院の境内には、十数人の観光客がいた。撮っているのは殆ど、咲き誇っている桜だった。滝のような枝垂れ桜は既に散っていたが、これが終わると桜が出迎えてくれる。そして、晩秋になると、透明感のある紅葉が出迎えてくれる。春と秋に是非訪れたい寺院だ。しかも、こんなに素晴らしい桜と紅葉があるのに、無料なのも魅力だ。この中院は小江戸川越の観光地の外れにあるので、知る人ぞ知る場所なのだろう。
早速、「平成最後の花見」を始めるか。色の濃さが異なる桜のトンネルを潜ると、6体のお地蔵さんに出会える。迎えて下さっているのかな? 観桜した観光客へご加護を授けて下さっているのかな? それはともかく、いい咲き具合だ。
しかも、中院の中に入ると、その咲き具合がよく判る。石仏の後ろには見事に咲いた桜がデンと迎えてくれるのだ。これも、ご加護なのかな?
本当に綺麗だ。1年の間で僅かな期間しか見られない桜に見取れ、ゆっくり溜息を漏らした。そして、徐にデジタルカメラを取り出して、シャッターを押した。また、ゆっくり溜息を漏らした。
春の夢桜吹雪と紋白蝶
此処でゆっくり花見酒を……。ダメだ。幾ら、見事な桜があっても、寺院の中で飲酒は御法度だ。飲酒なら、新河岸川の桜まで我慢だ。
また、中院の桜は、境内から道に大きくはみ出すように桜並木が続いていて、観光客が思わず足を止めていた。
上は中院内からの桜。
下は歩道まではみ出ている中院の桜。 |
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中院から喜多院へ向かう。何と、観光客の足の向きも同じだった。この観光客も喜多院へ向かうのだろう。
この辺は住宅地が広がっているが、喜多院と中院の往復に使われるので、住宅地にしては人の往来があるが、裏を返すと、川越の生活の断片に触れることになる。川越在住時は、殆ど立ち寄ることがなかったが、こうして元川越人になると、その生活の断片が何処か懐かしさが漂う遠い存在に感じる。この中には、私より年下の人が結婚して生活を送っているのだろう……。もしかして、私の同級生が此処に引っ越しているかも知れないし、互いの表情を窺って、赤の他人の振りをするだろう。同級生だったのは、とうの昔の話。今は、川越人と元川越人の関係だ。
話が湿っぽくなったので、話題を変えよう。
このまま歩くと、左手に仙波東照宮が見えるが、此処にも少しだが桜が植わっている。その桜を見る為に、仙波東照宮も人影があった。
日光・久能山と並ぶ三大東照宮に数えられるが、此処には東照宮独特の華やかさが目立たない。でも、長い石段を登り、本殿を見ると、その華やかさに出会える。本殿に施された彫刻も美しいが、周囲は鄙びた感じなので、余計本殿の華やかさが目立つ。しかも、喜多院と隣接しているので、此処を訪れるのは少数派になっている。
石段近くの茶店は、観桜に来た観光客を相手に忙しく動いている。品書きは団子に味噌おでん、そばうどんと寺院に調和しているが、時期が終わると静かな茶店になって、喜多院の賑やかな声を聞きながら、僅かな客を待っているのかな? |
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(2019年4月6日) 喜多院で本当の春を届けよ! |
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右に曲がる道に辿り着くと、左手に喜多院が見える。右手には東京赤坂に分祀された日枝神社がある。そして、喜多院の山門近くには、一人の高僧の像が建てられている。
天海大僧正の像だ。江戸幕府の初期に活躍した高僧で、以心崇伝と権力争いをしたことで知られているが(勝ったのは天海だった)、この僧は明智光秀ではないだろうかという噂もある。山崎の合戦で敗北し、近江坂本へ戻る途中、落人狩りの農民に殺されたとされているが、本人は生き延びて、その後出家。108歳という大天寿を全うしたと伝えられている。2代将軍秀忠や3代将軍家光は、明智光秀の「光秀」から借用した噂もあり、伝説が多い高僧だ。この喜多院は、「家光公誕生の間」や「春日局の化粧の間」を移築したことで有名だが、この高僧にもゆかりがある。
難しい説明が終わったので、山門を潜ろう。
見給え。境内で満開の桜が、山門の上と横から歓迎している。チラッと、山門の中を覗くと、露店が一杯並んでいた。枝垂れ桜の時もあったが、今回は一杯咲いている桜を見に来る観光客を相手に、枝垂れ桜の時より鼻息を荒くしていた。
広い境内は桜が満開で、写真を撮っている観光客がいたが、既に花見の宴を開いている所や場所取りもあった。場所取り役は、ひたすら待つだけだが、退屈なのか勝手に酒宴を開いたり、スマートフォンで桜を撮ったりしていた。差し詰め、夜桜を狙っているだろう。喜多院の境内は広いから、少し騒いでも近所迷惑にならない。更に、その場所取りを狙って、飲食の他に貸しござを置く露店もあり、抜け目がない。場所取りも勝負だが、露店の商売も勝負だな、コリャ。元々ある店は何時もより捌けがいいが、余所から来た露店に負けてなるものかと、腕に縒りを掛けた小江戸川越のB級グルメの一つ太麺焼きそば等を売っていた。
空を覆う程ではないが、青空に映える桜は、素直に春を言祝げる。でも、電線は何とかして欲しいな……。いい桜だけど、電線のような直線が邪魔しているのは頂けない。地中化工事して下さいよ、喜多院さん、川越市さん! ほんの些細なことで、観光客の評判が上がることがあるから。
振り向けば独身の花見年下の夫婦姿に溜息を吐く
結婚は縁ありての瑞祥の昭和の男は令和の花婿
もう一度、満開の桜を眺めた。
出来れば、あのポップアイドルにも本当の春を届けたいな。会社から裏切られての傷心の帰省だから、相当心が傷付いたから、責めて、青空に映える桜を届けたいな。小江戸川越から、春の到来を届けたい……。
脇の茶店では、普段通り駄菓子やおでんが売られていて、ショーケースには鄙びた土産物が並んでいた。ここに置かれている木製のベンチに座って、駄菓子を抓んだり、スマートフォンを操作したりしていたが、此処でゲームなんかしたら、さっさと引き取って貰いたい。喜多院や中院で撮った桜の写真を整理しているならいいけどね。
此処にも桜があるが、何と屋根を突き破って生長した桜なのだ。多くの観光客はそのことに気付いていないのか、桜の咲き具合を見て、写真を撮るだけだ。気付く人はいるのかな。遠くから、その茶店の屋根を突き破って生長した桜を撮った。
喜多院で、大吉のお神籖を引いて、夜桜を期待して後にした。
家族連れ娯しき声を聞きながら愛でる桜に独身の涙
写真は喜多院の桜。注目は中。桜が茶店の屋根を突き破っている。 |
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大正浪漫夢通りは、多くのドラマや映画のロケ地に使われる場所。電線は地中化され、石畳の道路や木造建築、土蔵があり何とも雰囲気がいい。民家に混じって、土蔵を改築した店や美味しい珈琲が飲めるカフェ、7代続く老舗のうなぎ屋が軒を並べる。
喜多院から歩いて、この通りに入ると、多くの鯉幟が軒を渡したロープで繋がれていて、春風に煽られて、元気に泳いでいた。見ると、近隣の幼稚園や保育園の園児の手作りだ。出来具合は拙くても、こうやって観光客の足を止め、春風に泳ぐ鯉幟を見て、気を休められれば、園児にとってはこの上ない幸せであろう(ちょっと、園児達には難しい話になるけどね)。私も保育園児の時には、この時期に鯉幟を作ったのかな? まぁ、郊外にある保育園だったし、当時はそんなに観光都市として認識されていなかったから……。それでも、保育園児の時のことは鮮明に思い出せる。当時のアルバムは川越に置いてきてしまったので、その写真は殆どないが、今でもその場所に立つと、思い出せる。
私は春空に泳ぐ鯉幟を撮った。平成生まれで、令和育ちの子供か……。段々、昭和が遠くなってきて、昭和50年代なんて、子供達にとっては大昔に見られるかも知れない。ケッ、冗談じゃないよ。まだ四十路だ。何があるかは判らない。就労移行支援事業で働いている身だけど、何時か私の子供が描いた鯉幟が、この空を泳ぐ日が来るのだ。それまで、鯉幟を泳がせるイベントが続きますように!
その後ろにポッカリと空き地があり、雑草が生えていた。何が出来るのだろう。大正浪漫夢通りだから、それに沿った建物がいいな。此処に名古屋大須にある落ち着いた英国風メイドカフェが出来たらいいけど、そうは行かないんだよね。小江戸川越には小江戸川越の文化があるから、その文化を守りつつ近代化を遂げたのだから。迂闊に、メイドカフェを置く訳にはいかないな。近くにある旧鶴川座は解体され、シティホテルが出来るそうだが、景観を損ねないようにして貰いたい。
写真は大正浪漫夢通りの鯉幟。通りの隅から隅まで続いている。 |
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この近くに、蓮馨寺という寺があって、此処も観光名所の一つだ。此処にも桜がある。境内には、太麺焼きそばの屋台や、20年近く通っている焼き団子屋があり、観光客を迎えている。
境内の桜は満開で、何時もよりも観光客が多かった。しかし、此処に喜多院にある露店が無い。喜多院に較べてかなり狭いこともあるだろうが、1軒2軒あってもいいと思う。川越まつりの時は、先述の焼き団子屋も太麺焼きそばの屋台も、いい具合に繁盛している上、多くの露店が犇めき合っていて、老若男女の交流戦が繰り広げられている。その交流戦に与って、露店は繁盛しているのだ。
蓮馨寺の石畳から蓮馨寺を見ると、桜のトンネルが出来上がっていて、提灯が至る所に吊されていて、歓迎一色だ。此処でも、写真を撮る人が多いこと。
しかし、日本人は本当に桜が好きなんだな。一心不乱に撮り続ける人が多かったな。この時期に咲くチューリップや鳶尾(いちはつ)は余り注目されない。責めて、綺麗に咲いたのだから、少しはこの2つも愛でて欲しいな。もし、此処にその2つがあったら、どうなるのかな?
此処に立ち寄ったのは、先述の焼き団子屋に関係ある。「花より団子」と言う諺をもう一度再現したいのだ。昨年は、伊勢の五十鈴川で三色団子で表現したのだが、是非小江戸川越で実現したい。
……と、焼き団子屋を見たが、シャッターが下ろされていた。悔しそうに指を鳴らした。時間はまだ15時なのに……。大抵この時間はまだあったはずだが、この満開の桜で飛ぶように売れてしまったのだろう。一足お先に「花より団子」を実現されてしまったみたいだ。このような見事な咲き具合の桜を見ながら、1本80円の焼き団子を抓むのはちょっとした贅沢なのだろう。此処界隈で焼き団子が有名なのは、此処川越と所沢なので、2都市でしか娯しめない花見の贅沢なのだ。そうしみじみしていると、太麺焼きそばの屋台が品切れの札を下げていた。花見の太麺焼きそばも小江戸川越らしい光景だな、コリャ。
仕方ない。満開の桜だけで満足するか。昼餉に頂いたハンバーグの燃料もまだあることだし。
喜多院で見られて、蓮馨寺で見られなかった光景があった。
此処でござを敷いて、花見をしている人はいなかった。その気になればござが敷けるが、土の部分は寺院に近く、そう騒げる場所ではない。また、焼き団子屋と太麺焼きそばの屋台がある場所も車が止まっているので、簡単には敷けない。では、どうやって花見をしているかというと、石製の柵をベンチ代わりにして、酒肴を嗜んでいたりしていた。どちらかというと、喜多院のように大人数で花見をするよりは、少人数でこぢんまりで花見をする感じだ。
此処も夜桜を見に取っておくか。
写真は蓮馨寺の桜。 |
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(2019年4月6日) 独身貴族の縁結びは高望み? |
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混雑する歩道を上手く潜り抜けながら、蔵造りの街並みや時の鐘を撮って、川越氷川神社へ向かった。
蔵造りの街並みは平成になっても殆ど時代に迎合せず、そのままの形を保っているが、道路事情も殆ど変わっていない。片側1車線の道路で、路線バスも運行している道路だ。路線バスは逐一歩行者を気を付けながら走行しているが、自家用車は何とか出来ないものか? 何処かに大型駐車場を造って、自家用車を置いて、市内観光はバスで行くようにすればいいのだが、この道路は生活基盤も成しているから、そう簡単には解決できない。おまけに宿泊施設もそんなに多くないから、そこが痛い所だ。
さて、川越氷川神社だが、市役所を越えて郭町に出て、左にずっと進むと見えてくる。
境内は多くの参拝客で賑わっているが、カップルの姿が目立った。それもそのはず、この神社は縁結びに御利益があることで有名。しかも、結婚式場が隣接しているから伊達ではない。
私は賑わっている川越氷川神社を立ち止まって周囲を見た。木造で一番大きな鳥居の向こう側には、結婚式場があって、今日も結婚式を挙げているご縁があったカップルがいる。しかし、私にはその縁が薄かった。
鬱病と闘って幾星霜、気付けば四十路の独身貴族だ。昨今の未婚率が社会問題になっているが、真逆自分がその渦中に巻き込まれるなんて……。嗤えぬ話だ。結婚した親友からは「結婚は焦るな」と、親戚からは「縁を待て」と言われているが、どうも四十路の独身貴族には妙な焦りを覚える台詞だ。「貴族」が入っているから格好付けには十分だが、実態は結婚に対して焦りを覚える様だ。何時になったら、私の左手の薬指はふっくらとなって温まるのか……。
そう思って、お神籖を引いた。マイラッキーナンバーの5番を引いたので、少し気分が躍った。結果は小吉。まあまあの結果だが、喜多院で引いた大吉が余程気に入ったのか、結び場所に無造作に結んで奥に入った。
願わくば、昭和の独身貴族に、麗しきご縁を……。
誰が嗤ふ結婚こそが我の夢逝りし平成奮ひし令和
恋占い泣きと笑いの花見かな
川越氷川神社の奥は、何と絵馬で飾られたトンネルがあって、摩訶不思議な光景に驚く。その絵馬の大半も、ご縁を願うものばかり。この絵馬のトンネルを潜ると、この痩身の独身貴族にもご縁が巡ってくるのかな?
と、思いつつ、裏に出ると……。
写真は川越氷川神社にある、摩訶不思議な絵馬のトンネル。 |
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新河岸川沿いに植えられた桜が満開で、多くの観光客がベストショットを狙っていた。普段は川越氷川神社で止まる観光客が、桜の時期になると、ドッと押し寄せる。見給え、新河岸川に掛けられた擬宝珠(ぎぼし)付きの橋の欄干には、人が隙間無く押し寄せていて、満開の桜を撮り続けている。この桜は「誉桜(ほまれざくら)」と言って、戦死者の霊を弔う為に植えられたそうであるが、平成最後の花見の時期ということもあってか、その咲き具合は例年より見事に見えたし、訪れた観光客は「平成最後の花見」を覚悟してなのか、歩調がゆっくりだった。この日に来てよかったね。天気はいいし、桜は満開だし、言うこと無し!
何処かに隙間は出来ないか。橋の袂で悔しさを隠しながら、桜並木を取ること僅か2分、欄干に隙間が出来た。ど真ん中ではなく、左側が開いた。
すかさず、その隙間に入って、写真を撮った。ど真ん中の方が絵になるけど……。こういう時に限って、なかなかその場所が空かないのよね。桜の写真を撮るのは或る意味勝負だな、コリャ。
反対側になっても、桜並木が続いているが、そう長く続いていないので、余り観光客がいなかった。いい場所でいい写真が撮れた。
その桜並木を歩いてみた。
なかなかの咲き具合だな。桜吹雪には逢えなかったが、左側には新しそうな住宅が続いていた。観光地と住宅地が背中合わせのいい見本があった。此処で、流石に喜多院同様の酒宴は出来ないだろう……。とんでもない近所迷惑だ。
此処の住人は、この花見客をどう思っているのかな? 観光客が押し寄せたことで、普通の生活が乱されたことがあると聞いた。特に京都や鎌倉等のメジャーな観光地は、勝手に余所様の家を覗き込んだり、空いている駐車場に腰を掛けて、飲食していたりして、普通の生活を乱す観光客を「観光公害」と迷惑がっている。小江戸川越もそろそろ対策を練った方がいい。
でも、見た限り、此処の観光客は迷惑行為をせずに、純粋に花見を娯しんでいた。此処の生活を覗く馬鹿はいない。迷惑行為をしなければ、小江戸川越観光する資格はある。そして、此処にしかない魅力を存分に堪能して貰えれば、及第点だ。
引き返して、また桜並木を娯しんでいると、酒宴を開いている所があった。酒精に任せて、醜態を見せているのかと思ったら、近くの住人であって、何度も、家に入って酒肴を取りに行ったりしていた。しかし、子供はゲームに夢中であって、桜を見る回数は少なかった。「花より団子」とあるけど、子供の場合は「花よりゲーム」なのか? ちゃんと節度を守っていたし、純粋に花見を娯しんでいた。地元住民がこうして娯しんでいるのだから、我々観光客は負けずに節度を守らなければ、観光都市としての名が泣く。不況下でも、観光客は右肩上がりだから、有り難いと思うことだ。
桜並木を歩いていると、新河岸川の舟下りを見付けた。丁度櫂で引き返している所だ。小さな舟には数人の観光客が、贅沢にも新河岸川から満開の桜を娯しんでいるではないか。「平成最後の花見」にしては何とも贅沢だ。
折角出会えたのだから、私もその贅沢に与ろうと、早歩きで船着き場を捜し始めた。
すると、木で拵えた堰があり、その近くが船着き場だった。船着き場に向かおうとしたが、この堰を矯めつ眇めつ眺めた。木の板と錆び加減を見ると、ざっと50年以上は経つな。側にあった説明には、昭和初期に造られたそうだが、よくぞ平成まで持ってくれた。恐らく令和でも現役だろう……。木の板に目立つ朽ちは無いし、金属の錆が板にこびり付いている様は、長い年月を物語っている。此処にも桜があったが、関心は堰に移っていた。
その船着き場に着いた。既に、乗船する人が石段に座って待っていた。まだ、受け付けているのかな?
近くの係員に、その可否を尋ねると、何とタイムオーバー! 「平成最後の花見」に華が添えられなかった。悔しく指を鳴らした。
上の3枚は新河岸川の満開の桜。
下はこの時期に開催される川下り。 |
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また、桜並木を歩いた。満開の桜が歩調を遅くする。殆どの桜は、新河岸川に向かって枝を伸ばしていたので、あの舟下りに乗れたら、最高の贅沢が味わえたことになるな。嗚呼、もう少し早く来ていればな。と、悔しさを隠しながら、シャッターを押した。満開の桜は、そんな私の悔しさを察してか、見事な桜のトンネルを見せてくれた。思わず、立ち止まって溜息を漏らした。こんな凄い桜のトンネルは見たことが無く、互いに咲き具合を競い合う華やかな宴に見えたのだ。「平成最後の花見」に華が添えられた。
満開の桜の右側は住宅地だ。此処でも酒宴は出来ないだろう。
しかし、ゆっくり歩いてみると、川越市の生活の断片が見えてくる。あのアパートの住人は、部屋でゆっくり酒を啜りながら、この桜を愛でているのかな。それとも、夜桜に備えて仮眠を取っているのかな?
そんな桜のトンネルの最後の方、先述の擬宝珠がある橋の袂に着くと、人力車に会った。こんな所にも、人力車が営んでいるのか? 私は見慣れない場所の人力車の存在に首を傾げていると、写真を撮っている観光客がいた。言葉を聞いていると中国人観光客だ。高度経済成長の真っ只中で、日本に観光に来る余裕があるが、どうもマナーの悪さがネットニュースを跋扈している。更に、尖閣諸島の所有問題や、排他的経済水域での掘削作業の政治問題で、多少ギクシャクしているが、こうやって桜を愛でる時は、性別も人種も国籍も全く関係ないのだ。マナーを守って、観桜してくれればいいのだ。私が出会った中国人観光客はマナーを守っていて、子供達が手作りのタンポポの花輪を車夫にプレゼントしたりして、とてもいい光景だった。これを国家主席や首相にお見せしたいな。「観桜で花開く日中友好の光景」と称して。
名も知らぬ中国人観光客の皆様、あなた方のマナーの良さは及第点です。元川越人の私が言うのも何ですが、もう一度、桜の時期の小江戸川越の再訪をお願い申し上げます!
観桜後遠き縁のかの人に桜吹雪の夢を聞かせん
写真は反対側から見た新河岸川の満開の桜。 |
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(2019年4月6日) 小江戸川越の東松山やきとり |
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私は再び、市街に戻った。途中、市役所近くの自販機でソフトドリンクを買って、近くのベンチで一休みした。
時計を見ると、16時40分前後で、夜桜の時間にはまだある。
さぁ、どうしようかと、蔵造りの街並みを歩いた。
日が長くなったお陰なのか、まだ観光し切れていないのか。観光客はまだいた。この観光客も夜桜を待つがてらの観光なのか? そうだと思うな。何しろ「平成最後の花見」だもの。翌月5月になれば、「令和」が始まるもの。私が生まれた「昭和」が段々遠くなっていき、独身貴族に綻びが出そうになりそうだ。
漫ろ歩きして、蔵造りの街並みの入口の仲町に着いた。
と、東松山やきとりの店に行列が出来ていた。店先でやきとりを焼く煙で、観光客を呼び寄せていた。店構えはちょっと仮設に見えるが、やきとりの味は保証付きの店だ。やきとりを焼く煙と味、そして、蔵造りの街並みの相乗効果で、行列が絶えない。これに唐辛子味噌を付けると、何とも言えない味になる。
久し振りに頂くか……。私は行列の最後尾に立った。店先では、手際よくやきとりを焼いていた。その脇には、やきとりに塗る唐辛子味噌のパックやソフトドリンクが売られていたが、観光客の関心はやはり東松山やきとりだった。
東松山やきとりは、川越から北西の東松山市の名物だが、やきとりといっても使う部位は豚のかしらである。そのかしらと葱を交互に串に刺して、葱の甘さが引き立つように上手く表面を焦がしながら焼いているのだ。見るからに、食欲をそそりそうだ。
此処で3本頼んだ。序でに、唐辛子味噌を多めに付けて貰った。
これを近くの公園で頂いた。遊具は無く、枯山水の庭園と木製ベンチがある簡素な公園だが、小江戸川越散策での一休みには丁度よい。まだ、ソフトドリンクが残っているから、これも干そう。
早速、東松山やきとりにかぶりついた。かしらの噛み応えと焼いた葱の甘さ、そして唐辛子味噌がいい具合に調和している。唐辛子味噌は単純では辛いが、葱の甘さが和らげてくれるし、また、かしらにもいい味付けをしている。何も付けなかったら、単純な味になってしまうだろう。かしらと焼いた葱、そして唐辛子味噌の3種類が織り成す、食の芸術品と言えるだろう。
写真は美味しそうに焼いている東松山やきとり。これに唐辛子味噌を付けたのが下。 |
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(2019年4月6日) 「平成最後の花見」の夕餉は鰻重で…… |
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夜桜を見る為に、時間稼ぎの漫ろ歩きをしている内に、また大正浪漫夢通りに着いた。また、子供達が描いた鯉幟が出迎えてくれたが、それにしても、凄い量だな。
そんな鯉幟を見ている内に、うなぎ屋に目が止まった。小江戸川越でも有名なうなぎ屋で7代も続いているという老舗だ。しかも、此処の貯水槽を改造して、植えた桜が満開だった。色の濃さが異なっていて、見た目も娯しませてくれる。うなぎ屋の藍の暖簾に咲いた桜か……。これもまた贅沢だ。
16時30分に夜の営業が始まるので、待っている人はリストを見ても3組程。待っている客はそんなに多くない。何時もなら、1時間待ちはザラなのに、いい時に来たもんだな、コリャ。
まぁ、1時間は待たされることはないが、財布を見ると、軽さが気に掛かった。「平成最後の花見」の夕餉にうなぎは格別だが、一番安い鰻丼でも2850円はする。その次は、鰻重の並の3350円と出ていた。……夜桜を見るのに、そんなに予算は掛からないだろうが、うなぎは相変わらず高嶺の花に変わりは無い。しかし、長い待ち時間を強いられるうなぎ屋が余り待たされずに済むという幸運に出会ったし、うなぎを頂くのは数年振りではないか。この幸運を逃がしてはならない。
すると、1組の客がリストに名前を認めた。
……この幸運を逃してなるものか! 私は、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、リストに名前を認めた。順番は5番目だ。
十数分後、入店できた。しかも、着いた席は2015年の川越まつりの時に入店した時と同じ場所だった。格子戸の窓からは桜が見えるので、贅沢な席だ。妙な因縁に苦笑しながら、品書きを読んだ。
店員を呼んで、一番安い鰻丼を注文したが、何と品切れだった。アチャー! 遅かったか。品書きには、数量限定と出ていたから、昼間に売り切れたのか。
さて、どうしよう……。入店前に確かめた財布に1000円札が6〜7枚程入っていたから、此処はちょっと奮発して、鰻重の並を頼んだ。3350円也。就労移行支援事業の給料を上手くやりくりしても、これが精一杯。だけど、「平成最後の花見」の夕餉としては、最高ではないか。しかも、ご飯を多めにしても追加料金無しとは、嬉しい限りだ。
痛いけど大いに奮発鰻重は平成最後の花見の晩餐
鰻重が届いて、思わず拝んだ。久し振りだもの、鰻重を頂くなんて。
箸で、一口分のうなぎを切って、ゆっくり口に運んだ。ふっくらとしたうなぎは、余計な脂分が無く、炭火焼きのいい香りが口中に広がった。これだけで陶酔してしまった。
余所様の席を見ると、鰻重の上やら特上を頼んで、桜が満開の小江戸川越観光の〆を娯しんでいた。値段から見れば悔しいが、勝負はこれからだ。如何に、見事な夜桜を撮るか。それが、「平成最後の花見」の仕事だ。この鰻重の並が、その仕事のスタミナ源になりますように。
そんな鰻重の並だが、「復興の年」、「平成最後の花見」、そして、久し振りの鰻重と3拍子が揃ったということで、格別に美味しかった。しかも、格子戸から見える満開の桜も、贅沢を助長させてくれる。
今度は、何時入店できるかな……。
上は貯水槽を改造し、桜を植えた。色の異なる桜が綺麗。
下は鰻重の並。並と雖も、うなぎが頂ける点では変わりは無い。 |
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(2019年4月6日) カフェから始まる『必殺仕事人』 |
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18時を過ぎた。まだ、浅い黄昏だ。まだ、夜桜鑑賞には時間が早いな。
近くの蓮馨寺に向かった。丁度、行灯が点されていて、夜桜鑑賞の準備をしていたが、空が明るい所為なのか、行灯の存在が弱かった。
境内は昼間と違って、数人いただけだが、この人達も夜桜を待っているのかな?しかし、境内の店は閉まっているし、何処で夕餉を摂るのだろう?
結局、蓮馨寺では時間が潰せず、再び大正浪漫夢通りに戻った。時折行くカフェの前で立ち止まった。
私は密かに此処で、珈琲を啜ることを娯しみにしている。このカフェには、黒いメイド服を着た女性サーバがいて、見た目も珈琲の味も娯しめるという1粒で2度美味しいカフェなのだ。
チラッと店内を覗いたら、その女性サーバは何処にも無く、マスターが黙々とサイフォンで珈琲を淹れていた。でも、時間稼ぎにはいいだろう。
私はそのカフェで、時間潰しをした。入店時間は、オーダーストップの10分前。
店内はテーブル席が埋まっていて、カウンター席が空いていた。
此処でモカマタリを注文した。890円也。
注文を受け、マスターがモカマタリを碾き始め、サイフォンに丁寧に入れた。沸騰した湯が、サイフォンに入れた碾いたモカマタリの粉に吸い取られる様を、目で娯しむ。ドリップには一滴一滴と抽出されるドリップの娯しみがあるが、サイフォンの場合は、何だか化学の実験を見ているようで、こちらの方が娯しい。
程良い苦みがあるモカマタリに、クリームだけ注いで啜った。微かに感じる弱い酸味とこれから望む夜桜を期待しながら……。テーブル席に座っている客も、夜桜鑑賞でもするのかな?
オーダーストップの18時30分が過ぎた。マスターが片付けを始めると、客の勘定が始まった。
チラッと外を見ると、夜の帳が降り始めた。
「始めるか……。」私は無造作に一言を放って、ゆっくりモカマタリを啜った。
四十路の独身貴族の「平成最後の花見」の仕事をするか……。
勘定を支払って、夜の帳を確認すると、「平成最後の花見」の仕事に向かった。夜桜鑑賞だ。
まずは、何処から行くか……。一番遠い新河岸川から始めよう。あの桜並木を見ると、夜桜鑑賞する観光客は多いはずだし、あの橋の欄干は一杯だろう。
痩身の四十路の独身貴族は、新河岸川に向かった。雰囲気的には『必殺仕事人』によく似ている。BGMが掛かっていたら、雰囲気は昂ぶる。夜桜鑑賞の前に何をしようか。簪を砥石で研ぐか、三味線の糸に蝋を垂らすか……。そう考えながら、ライトアップしている蔵造りの街並みや時の鐘の見送りを受けた。
上は夜の前の蓮馨寺の桜。夜桜の時間までまだある。
中はライトアップした蔵造りの街並み。
下はライトアップした時の鐘。 |
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本殿が閉まっている川越氷川神社に入った。しかし、至る所にライトアップしていて、先程通った絵馬のトンネルもライトアップしていた。通ったら、最強の縁に恵まれるのかな?
そんなことを考えながら、裏を抜けると、新河岸川に着いた。
やはり、観光客で一杯だった。そのことは覚悟していたが、テレビでは余り報道されないのに、どうしてこんなに人がいるのだ。ゴチャゴチャしている訳ではなく、行き交う人が何時もより多く、夜桜を撮っている人が多いことなので、誤解なきよう。
新河岸川の夜桜は、意外とシンプル。色取り取りの提灯の明かりが幻想的に点っているだけ。余り、賑やかではないが、周囲は住宅地だから、変に観光地に仕立てたくない意向があるのだろう。観光地と住宅地は背中合わせだから、「変に興醒めした」という感想は、住宅地がある観光都市を認めていない発言だ。
とにかく、新河岸川の夜桜は、住宅地に配慮して、余計にライトアップしてなく、幻想的な雰囲気がある。
そして、例の橋の欄干には、夜桜のベストショットを狙う観光客で一杯。美味しい所を取るなと、悔しがっていたら、空いている箇所があったので、そこに滑り込んで、早速新河岸川を覆う夜桜を撮った。さぁ、仕事だ。よく研いだ簪の代わりに高性能のデジタルカメラを懐から出した。
しかし、その仕事は上手く行かないな。思っていた通りの夜桜が撮れなかった。見ると、暗闇の中で咲いている桜が、色取り取りの提灯に点されている光景しか撮れていなかった。何だか、冴えないな……。腕が悪いのか? 馬鹿言え。デジタルカメラを買って、今年で9年目になるのだ。使い方はもう慣れているのに……。
反対側の桜は、川沿いに提灯が点されているお陰で、何とかいい夜桜が撮れた。因みに、欄干に伸びている桜を撮ったが、色が何だか白に近くて、桜の雰囲気が薄かった。色具合は判るのに、何だか素人っぽさが抜けないな。何が悪いのか? 腕か? でも、いい夜桜を撮っている作品を見たことが何度もあるので、それに負けない夜桜を撮りたいのだが。まぁ、一眼レフのデジタルカメラなら、お茶の子さいさいだけど、私のようなコンパクトデジタルカメラだと無理なのかな。結構、性能はいいけどね。
提灯に点された夜桜の桜並木を歩いた。夜桜を撮っている人もいれば、即刻ツイッターに掲載する人もいた。花見酒を啜る人もいたが、酒精に陶酔しているのではなく、チビチビ啜りながら夜桜を眺めているという風情ある行動を執っていた。人通りは多かったが、露店は無かった。去年の愛知の岩倉市の五条川では、所狭しに露店が並んでいたが、この人通りで露店の一つもあれば、結構儲かるけどね。でも、近くが住宅地なので、煙や騒音で迷惑を掛けたくない市の方針だろう。おまけに道は車が通るので、変に通行止めにしたら、要らぬ渋滞を引き起こすことも考えられる。あの蔵造りの街並みの歩道から溢れる観光客が引き起こす渋滞に頭を痛めている川越市だから、こういう結論に達したのかもね。
もう一度、橋に戻って、夜桜を撮ったが、納得できる夜桜は撮れなかった。真っ白に撮れた桜や提灯の明かりに照らされて不自然な色になっている桜もあった。その中に、夜桜を見ながら宴会をしている団体がいたが、住宅地を考慮してか、アルコールに任せて醜態をさらす光景はなかった。昼間見た、近くの住人なのかな?
私はもう一度欄干から撮ったが、眼前の桜が邪魔をして、全然いい絵にならなかった。これじゃ、新河岸川の存在が無くなってしまう。
新河岸川での仕事は、失敗か? 欄干に頬杖を突いていると、狭い土手で夜桜を撮っている人を見掛けた。
ふと思い出した2年前の夜桜のこと。
此処の土手で、いい夜桜を撮ったな。
早速、新河岸川の土手へ降りた。『必殺仕事人』のBGMが掛かり始めた。此処で、研いだ簪代わりの高性能のデジタルカメラを取り出した。
シャッターを構えると、邪魔している桜が無い分スッキリ撮れた上、なかなか出来映えのよい夜桜が撮れた。色取り取りの提灯もいいアクセントになった。
私は簪、いやデジタルカメラを仕舞って、次の仕事へ向かった。
写真は新河岸川の夜桜。コンパクトデジタルカメラだから、これが精一杯……。 |
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私は20分掛けて、新河岸川から蓮馨寺へ戻ってきた。
今度はどうだろう……。空がすっかり暗くなったので、桜に覆われた蓮馨寺のライトアップが映えていた。行灯の明かりもなかなか映えていた。新河岸川は幻想的だったが、蓮馨寺は静かな華美の世界だった。桜吹雪の時になると、凄い絵になりそうだ。その中に、葉桜になっている箇所もチラホラと。今日を逃したら、来週は散ってしまうのかな……。
此処で、『必殺仕事人』のBGMが掛かった。この静かな華美の世界を撮るのだ。新河岸川では簪を出したので、今度は三味線の糸を出すか。
しかし、此処で夜桜鑑賞する人は殆どいなかった。いるとしたら、偶然立ち寄って、夜桜を撮っている人達だった。照明も極普通で、提灯の色で変色している夜桜はなかった。仕事をするのに相応しい。
私は蝋を垂らした三味線の糸代わりに、高性能のデジタルカメラを取り出した。夜桜鑑賞している人が殆どいなかったので、美味しい所は難無く頂けた。
写真は蓮馨寺の夜桜。 |
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(2019年4月6日) 喜多院の夜桜を鑑賞する中村主水 |
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〆は喜多院だ。『必殺仕事人』のBGMは主人公の中村主水になった。昼行灯と揶揄されている彼だが、夜は悪を成敗する仕事人になる。喜多院の夜桜も、中村主水同様なのかな?
喜多院に近付くと、露店や電灯の明かりが届いてきた。見た目からして、賑やかそうだ。新河岸川や蓮馨寺とは異なる夜桜鑑賞が、繰り広げられているだろう。
だけど、これは「平成最後の花見」の〆としての仕事になる。中村主水同様にビシッと決めたいな。来ている薄手の上着の襟を正して、喜多院へ入った。
やはり、喜多院は夜桜鑑賞する花見客で賑わっていた。肝心の提灯の明かりはなかった。何の為の提灯だろう? 提灯を見ると、地元企業の名が入っていた。宣伝なのか? しかし、その宣伝に目もくれず、花見客は夜桜鑑賞しながら、酒肴を頂いていた。露店も大忙しで、落ち零れはなかった。しかし、露店の前を歩くと、空腹を覚えてしまいそうだ。3350円の鰻重を頂いたのに。此処は、夜桜鑑賞するのみ!
こうやって、改めて眺めると、満開の夜桜は見事なものだ。桜の開花は1年の間でほんの僅かな期間だから、期待している日本人が多くいるのだろう。
問題なのは、酒精の勢いに委せて、羽目を外す人がいないかどうかだ。見た所、何処にもいないようだが、ごみの処分は各々し給え。海外で開催される日本チームの試合では、サポーター立ちがごみ拾いしている映像が何度もネットで掲載され、海外から賞賛を受けているのだ。此処にも、昼間の新河岸川同様、中国人観光客がいるかも知れないから、手本を示すのだ。
しかしまぁ、日本人は桜が好きなのか、宴会を開くのが好きなのか、写真を撮るのが好きなのか、シャッターを押す光景が一杯見られた。差し詰め、ツイッターに掲載するのだろう。私もその一人だが、高性能のデジタルカメラが、どの位発揮できるかが問題だ。〆の中村主水になっているから、刀でビシッと決めたいな。「平成最後の花見」の〆だから。
でも、これを「平成最後の花見」と銘打って夜桜鑑賞している花見客は、どの位いるのだろう……。平成も後25日しかないのだから、ジックリ目に焼き付けて欲しいな。その所為だろうか、啜る酒も呷る光景はなく、露店も客が見ている前で、自慢の腕を披露しているかのように見えた。夜桜鑑賞の余興として。
喜多院は寺なので、花見できる場所が限られている。本堂近くや多宝塔では、花見が出来ないので、照明が点されているだけ。しかし、本堂近くにも桜が咲いていて、そこでも、夜桜を撮る花見客がいた。
いい夜桜が撮れたから、本堂の方も撮るか。と、刀ではなくデジタルカメラを取り出して、早速夜桜を撮った。
……あれ。私が撮ったのは真っ白な桜で、薄い桃色の桜ではなかった。昼間とは全く違う。桜の色が、照明の明かりに負けているのだ。余り味気ない夜桜だな。高性能を信じてもう1枚撮ったが、今度は照明に照らされて花弁一つ一つの影が集合して、何処か不気味さが際立つ夜桜が撮れた。腕が悪いのか? それなのに、後ろの花見客は、狙いを定めて1枚撮っていた。見ると、一眼レフだった。太刀打ち出来なそうだな。
嫌な気分で、先程立ち寄った露店の方を向くと、賑やかな雰囲気が本堂まで届いているかの如く明るくて桜の色も映えていた。念の為に1枚撮った。その出来映えを見ると、しっかり桜の色が強調されていた。しかも、賑やかな雰囲気が手招きしているようで、私がいる本堂の寂しさが余計に寂しく感じる。
もう一度、その場所に向かうと、桜の色はハッキリしていて、賑やかな雰囲気に躍らされそうだ。露店の飲食物が恋しくなってきた。3350円の鰻重で締めたのだ。此処は夜桜あるのみ。望遠で夜桜を撮ったが、こちらの方が、桜の色がハッキリしているな。
喜多院の夜桜は、賑やかな場所と寂しい場所が隣り合わせで、両極端だな。
上2枚は喜多院の夜桜。多くの花見客で賑わっている。
下は本堂から見た賑やかな夜桜。 |
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(2019年4月6日) 私は中村主水かフーテンの寅さんか |
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昼間に開いていた茶店のベンチで一休みした。深い溜息をゆっくり吐いた。特別疲れている訳ではないのに……。
チラッと、賑やかな夜桜を見ると、一人で夜桜を愛でている人は、見渡すと私一人のようだった。
ふと、四十路の独身貴族のかっこよさと惨めさが出てきた。「貴族」が入っているから響きはいいが、実際は私より年下が結婚して、子供をもうけている光景を見て、自分自身の惨めさに歯軋りしたり、人知れず屈辱を味わったりする酷い称号だ。私はその称号を頂き、「貴族」ということで有頂天にはなっていたが、三十路を半ば越えてからというもの、酷い寂しさに駆られたり、焦りを覚えるようになってきた。社会情勢の悪化で「結婚」という夢から、何時の間にか零れ落ちてしまったのだ。平成で結婚できなかった昭和生まれの男。そう言えば、あのフーテンの寅さんも、堅気を持ったとしても、失恋のオンパレードでこんな気持ちに苛まれていたのかな? 今度、柴又に行く機会があったら、訊いてみるわ。
結局、その惨めさを一人旅でごまかして、親類に迷惑ばかり掛けてきた気がする。無理強いをして、鬱病を再発したことも1回2回だけではない。この痩身の四十路の独身貴族は今まで、親孝行の一つは出来ていただろうか? 出来ていたと言えば嘘になるし、出来ていなかったと言えば、ふざけた人生を送っていた愚か者になってしまう。
でも、5月から始まる令和で、必ず結婚して、孫の顔を見せてやりたい。それが、私の夢だ。零れ落ちても、復活できる手立てはあるのだ。
話はそれるが、長嶋茂雄より野村克也さんの方が、尊敬できる。「終身名誉監督」の冠で王様気分になっているより、阪神監督の屈辱の辞任から、社会人野球の監督で復活。更に、楽天の監督になってチームをクライマックスシリーズに進出させた。そんな紆余曲折を経て、夢を追う人が好きだ。
夜桜鑑賞している親子連れよ、夫婦・親子仲良く長く暮らしてくれよ。今は、それしか祈れないが、この私だって何時か結婚できる時が「あるよ!」(田中要次さん風に)。
私は人知れず、ひっそりと喜多院を去った。
本川越駅に向かう途中、思わぬ寒さに、上着を羽織った。「新・男はつらいよ」の終盤によく似ている。外に出ようとした寅さんが、外気の寒さに縮こまっているシーンがあった。
どっちがいいのだろう。〆の夜桜を撮った中村主水か独身貴族の惨めさが溢れ出ているフーテンの寅さんか……。
その答えを出すのは、まだ早いな。令和で答えを出そう。いっそのこと、私の婚約者を連れて、答えを出すとするか……。
あばよ、平成。よろしく、令和! |
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